今様伊曾保物語その7『蟻とキリギリス』 [今様伊曾保物語]
さて、本日は、今様伊曾保物語の第7話。雪掻きが終わってから、挿絵を描く。赤いボールペンで下書きし、水彩絵具と色鉛筆、クーピーペンシル、および黒のボールペンで仕上げる。
今様伊曾保物語 その七 蟻とキリギリス 2014/1/1 水曜日
夏です。蟻達が汗水流して働いています。その傍らではキリギリスが楽しそうにバイオリンを弾いています。
「今、おいらはビブラートの練習をしているのよ~。随分上手くなってきちゃったりして。」
その姿を見て、蟻が非難して言いました。
「キリギリス君ね、どうして僕たち蟻がこんなに暑い日でも汗水垂らして働いているのに、そうやって能天気にバイオリンなんか弾いていられる訳?」
「芸術家にそのような質問は愚かですよう。芸術は長く、命は短い。だから僕は、少しでも技術を上げて、僕の芸術を完成させたい訳ですよ。それより、君達こそ、なんだってそんなに齷齪働くんですか。」
「決まっているでしょう。雨の日に備えてと言う表現があるように、僕たちは冬の食べ物がなくなってしまう時に備えて、蓄えているんですよ。」
「そうですか。それはご苦労。御精がでますな。結構、結構、頑張ってくれたまえ。僕はバイオリンの練習をするよ。なにしろ僕の仕事は芸術だからねぇ。」と言って、バイオリンから手を放しません。
やがて秋になります。蟻達はそれこそ収穫で大忙しです。一方、キリギリスはバイオリンを弾いてはその音に聞惚れています。蟻達が嫌味を込めて言います。
「好い音色ですね。その音が、冬も同じ音であれば、きっと本物の芸術ですな。」
「有難う、お褒め頂き。」とキリギリスは嬉しそうに言って、本心で喜んでいます。でもやっぱり、蟻達のように額に汗して働くことはしませんでした。
そして、いよいよ冬がやってきます。雪が降っています。キリギリスの家には何のたくわえもありません。ですから、すっかり御腹が減っています。そこで、恥を忍んで、蟻達の暖かそうな家の扉を叩きました。
「蟻君たち。僕は、まぁ、早い話が、腹が減って、肝心のバイオリンの練習が思うように出来なくなってしまっているんだ。で、相談だが、何とかできるように食料の援助をして頂けないものだろうか。」
蟻達はさも嬉しそうに笑って言いました。「僕たちが、夏、秋汗して働いている時、君が僕たちにに何て言ったか覚えている。」
「あぁ、勿論覚えているともさ。」
「だったら、恥ずかしくてここへは来られない筈さ。君ぃ、自業自得と言う言葉を知っているでしょう、自業自得。」
「分かった。僕は、芸術に生きるよ。お邪魔しました。さようなら。」
キリギリスは、芸術仲間のコオロギやクツワムシの所へ行って見ることにしました。
コオロギの家の扉からは、何だか楽しそうな賑やかな声が聞こえてきます。キリギリスは扉を叩きます。直ぐには返事がありません。大きな音でもう一度叩きます。
「一体、誰だい。扉が壊れてしまうじゃないか。弁償もんだぜ、弁償もん。」と言って、コオロギが扉を開けてくれます。
「あぁ、キリギリス君か。なんだい、しょぼくれちゃって。さぁ、さぁ。入りたまえ。」
中へ入ると、そこではコオロギとクツワムシたちが酒盛りをしている最中だったのです。
「随分、景気よく酒盛りしているんだね。」とキリギリス。
「そりゃぁそうさ。もう冬になると、食べるものがないから、樹の洞にあった猿酒を持って来て、酒盛りしているのさ。酒だって、何にもないよりはましではないか。なっ。何しろ、俺達のような芸術家にとっては、冬は辛い季節だからね。死の控えたこの時期、芸術と酒で、現実逃避する以外にないだろう。さぁ、君も一杯と言わず、何杯もやって呉れ給え。」と並々と猿酒を注いで呉れます。一杯呷るとすっかり元気になったキリギリスは大声で言います。
「僕たちの友情の為に、バイオリンをご披露させて呉れ給え。」
「勿論、大歓迎さ。僕らの名手キリギリス君の演奏を楽しませて呉れ給え。」
キリギリスは早速、演奏を始めます。クツワムシもコオロギもすっかりその音色に酔いしれています。演奏が終わると大きな拍手です。
「ブラボー!ブラボー!天才。見事だ。」
「芸術は長く、命は短い!我等、芸術に生き、芸術に死ぬ。何と美しいことか。」
こんな風にして、こちらの家では空元気な芸術家達がそれぞれの楽器やら歌声やらを披露してドンちゃん騒ぎをしています。そして、この楽しさを皆で共有できるようにと考えて、雪の降りしきる外に繰り出して行きます。蟻達の家の前も演奏しながら通ります。「芸術万歳!」と大声を上げながら。
翌朝、皆雪の布団を被って眠っていました。どの顔もお気楽で幸せそうな顔をしていました、とさ。
今様伊曾保物語 その4 狼と子羊 [今様伊曾保物語]
今様伊曾保物語り その四 狼と子羊 2014/1/12 日曜日
小川を挟んで狼と子羊が立っています。子羊は一匹で小川に水を飲みに来ていたのでした。ふさふさとした柔らかい毛をした可愛い子羊です。一方、狼はなかなか獲物に出会えないものですから、水でも飲んで腹を膨らそうと思ってやって来たのでした。丁度そこで子羊を見つけたのでした。口の中は涎で一杯です。でも、相手があんなに可愛らしい子羊ですので、あんなに弱い者を食べるのは酷いとか、卑怯だと言われるのも嫌だと考えました。大体、偽善者は、体面、体裁を繕うものなのです。そして、尤もらしい屁理屈をあれこれと考えました。
狼は子羊に言いました。
「おい、俺の水を勝手に飲むなよ。」
「私、まだ飲んでいません。」
「そうか。」
「でも、全体、この小川の水、狼さんのものなのですか。」
「そうさ、俺様がそう決めたんだからな。」
「でも、さっき、ライオンさんも飲んでいましたよ。」
「そ、それは、俺が許したから飲んでいたのさ。つべこべ言うな、子羊め。それより、お前随分毛がふさふさしているな。」
「はい、とっても暖かいんですよ。」
「俺はなぁ、花粉症なんだ。それ故に、そういう毛にもアレルギーがあるんだ。お前の毛が飛んで来ると、実際、酷く迷惑なんだ。だから、俺はお前の毛が一本たりとも俺の方に飛んで来ることを許さんぞ。」
「でも、自分の毛がいつどこで抜けて、いつどこへ飛んで行くか、自分では分かりません。だから、それを止めることもできません。」
「何だと。自分のものは自分で始末するのがここの掟だ。」
「そう言われても、私には出来っこありません。」
「出来っこないだと、何だ、その口の利き方は。」
「あっ、御免なさい。・・・ところで、狼さん、あなたはどうなんですか。」
「俺はそんなことは気にしないさ。何しろここは俺様の場所だからな。」
「そんなのずるいですよ。自分では好くって、他人ではだめだって言うのは。」
「何だ、こいつめ。小生意気なんだ、おめえは。」狼は恐ろしい目で睨みながら、大きな口を開けて、鼻に皺を寄せて唸りました。子羊はすっかり恐くなってメエメエ鳴き始めました。
「メエメエうるさいんだよ。」
「だって、私はメエメエとしか鳴けないんです。」
「これは騒音公害だ。騒音。俺は騒音には滅法弱いんだ。精神的に大いなる苦痛を与えられた。身も心もズタズタにされた。あぁ、おぉ、うぅ。おお、もう俺はお前に対して慰謝料を請求する。まぁ、子羊のおまえにそんなものを支払うことはできまい。よって、物納で良い。」
「ブツノウ。」
「物納とは、金の代わりに物で払うんだ。俺は今買いたいものがある。それを物で支払ってくれればそれで良い。いいか、俺は腹が減っている。故に俺が買いたいのは、お前のような柔らかい子羊の肉だ。さぁ、慰謝料を物納しろ。」というが早いか、狼は哀れな子羊に飛びかかりました。
あぁ。でもご安心ください。ジュピター神という救い道がありました。ジュピター神は他人にする悪戯が大好きなのです。自分がやられたら、地獄の果てまで仕返しに来る嫌な親爺なのに。ジュピター神は、子羊と狼の間に透明のガラスの壁を作っておいたのです。ですから、狼はしたたか鼻面をガラスにぶつけて、悲鳴を上げました。
この狼は本当に負けず嫌いでしたから「あんな子羊、不味いに決まってらぁ。今日はとんだ時間潰しをしてしまったわいわいなぁ。」と見得を切って、鼻を舐めながらどこかへ行ってしまいました。
でも、皆さん、気をつけて下さいね。いつまた現れるか分かりませんから。
今様伊曾保物語 その6 [今様伊曾保物語]
今様伊曾保物語 その六 北風と太陽 2013/12/31火曜日
ある寒い冬の日でした。両側に畑があり、所々に樫の樹の立っている田舎の道を、旅人が歩いていました。先を急いでいるようで、まるでわき目もふらずにどんどんずんずん歩いているのでした。
その姿を空の上で、太陽と北風が見ていました。太陽が言いました。
「北風君。君と僕とで、どっちの方が人間にとって強いと思われているか、確かめてみないかい?」
「いいとも。僕は何時だって勝負するぜい。で、どんな勝負するんだい。」
「あそこの旅人、外套を着ているよね。あれを早く脱がせた方が勝ちだ。どう?」
そう言うと北風は旅人目がけて、強い風を吹き付けました。旅人は慌ててボタンを締めます。「そう来たか。それならば」と北風は、もっと強い風を吹き付けます。土ぼこりが酷く舞うだけでなく、樹の枝が折れたりしています。旅人は両手でしっかりと外套を押さえて前のめりになって歩きます。「しぶとい奴だ。」と今度は、吹雪にして、猛烈な雪を吹き付けます。旅人はもう歩けなくなって、その場に坐り込んでしまいました。
「あぁ、何と言う酷い日だろう。何かあったのだろう。神よ、お助け下さい。」と旅人はため息をつきながら祈っています。
それを見た太陽が笑って言いました。
「北風君。君の遣り方は、あんまり物騒だ。乱暴すぎる。そんなにしちゃ、外套を脱がせることはできないさ。まぁ、見てい給え。」
太陽は、北風の吹きつけた雪を融かすように、温度を上げました。見る見るうちに雪は融け、さっきまでの真冬はどこかへ行ってしまったようです。
「おや、すっかり好い天気になってきたぞ。これで先を急ぐことができる。よしよし。」と旅人は言いました。でも、外套は脱ぎません。
「あれ、こんなに暖かいのに、外套を脱がないぞ。どうしたのだろう。もう少し暑くしてやれ。」と太陽は、温度を真夏のように高くしました。旅人は、額から汗を流しているのですが、急いでいるものですから、外套を脱ごうとはしません。
まるで、灼熱の砂漠のような強烈な日差しを旅人に降り注ぎました。旅人は火傷をしないように、外套でしっかりと手も顔も覆いました。そして、少しでも早くこんな酷い天気から自由になるために、必死になって歩き、山の向こうへ行ってしまいました。
と言うことで、自分達の思い通りにしようとした北風と太陽の計画は失敗してしまいました。自分達の武器がいつでもどこでも通用すると考えない方が好いようです。
今様伊曾保物語 その2 王を求めたカエルたち [今様伊曾保物語]
本ブログにお越しくださっている皆様。
新年明けましておめでとうございます。
本年も宜しくお願いします。
今日からは、昨年年初に大体の構成を考え書き始め、中断していた今様伊曾保物語4作を、順次発表します。途中ですっかり忘れてしまったのは、トロイの木馬がその原因になったのは間違いないところであります。そして、再開したのが昨年末。半ば気乗りがしない状態ではありましたが、そんなこと言っている場合ではありませぬ。作品は常に完成して初めて評価されるものだから、本来は完成しなければ作品とは呼べないからであります。
今様伊曾保物語 その二 王を求めたカエルたち 2013年1月4日(金)
それはもう大分昔のことですが、小さな池にカエルたちが暮らしていました。仲良く暮らすというよりは、好き勝手に鳴きたい時鳴いたり、お腹が空いた時蝿やら蝶々などを捕食して、泳ぎたい時に泳いだりしていました。カエルたちは、根が陽気ですから放っておくと、いくらでも鳴いたり、飛んだり跳ねたり泳いだりします。
この池の秩序もカエルたちの数が少ない時は大きな問題にはならなかったのですが、池にカエルが溢れるほど沢山になると、流石にカエルたちももう少しは秩序が必要だろうと考えるようになりました。
或る日、仲間の中で一番立派な後ろ脚を持っているカエルが、ジュピター神に皆を代表して嘆願をしました。「偉大なるジュピター様。私どもカエルにも、神々の父であるようなあなた様のような王様を持つことはできないでしょうか?」
それを聴いてジュピター神はにやりとして言いました。「私では満足できぬのだね。ではお前達に相応しい王を送ってやろう。」そして池の中に一本の丸太ん棒を放り込みました。丸太ん棒は水しぶきを上げて、大きな波を起こして池の真中に落ちて、暫く波が収まるまでプカプカしていました。カエルの衆はその大きな丸太にすっかり怖気づいて岸に跳び上がって様子を見ています。震えながら「やはり、ジュピター様の送って下さる王様は偉大だ。」とか「あの巨大な水しぶきを上げるとは、その破壊力は絶大であり、絶対的だ。」などと囁き合っています。
暫くすると、件の丸太ん棒もまるで死んだように動かなくなりました。
それを見たカエルがいいます。「あのじっとしていることの威厳。威厳の中に気品があって、流石我等が王様だ。」とか「無言の圧力、それは我々の王様のことを言うんだね。」など言って、盛んに感心しております。そして、丸太ん棒に偉大な権力と力があるものと信じて、カエル達で考えた決まりを、丸太の王様にお伺いを立ててから決めると、それに従って生活を始めました。自分達で決めた規則に従っていただけなのですが。そのためこのごみごみした池に秩序が生まれました。
或る日、丸太の上を飛んでいた鴉がたまたま糞をその上に落としました。糞は丸太ん棒の上でぴちゃっと音を立てて潰れ、それが八方に飛び散ります。カエルの一匹が言います。「我等の王様の身体に不浄の糞を落とすとは、失礼な鴉である。」その声に合わせて多くのカエルたちが、鴉に対して非難の声を上げます。
でも、鴉はまるでカエルたちを小馬鹿にするように、かぁかぁ啼いて、飛び去ってしまいます。カエルの中の長老が言いました。「自分の身体に糞を落とされて、反撃できないと言うのは、王として相応しいかどうか、どうも怪しいもんじゃね。」
その言葉を聞いて、すっかりそう思った若いカエルたちはすっかり丸太ん棒を馬鹿にし始めました。「何だ、空から降って来た時、余り大きい波を作るものだから、素晴らしい立派な王様だと思い込んでしまったけれど、本当は何の役にも立たない木偶の坊(棒)じゃないか!」と言い始めました。
あっという間にこの丸太はただの役にも立たない棒にすぎない、そればかりか池の中で浮いている邪魔なものだ、と全てのカエルたちが思い始めてしまいました。そうなると、カエルたちは実に失敬なことに、丸太の王様の上にのったり、飛び込み台にしたり、もうすっかり馬鹿にし始めました。そして、もっとまともな王様が欲しいと考えるようになりました。
例のカエルがジュピター神に願い出ました。「私達に相応しい王様を下さい。もっと、動き回る、力強い王様らしい王様の方がいいのです。」ジュピター神は眉毛を上げて「前の王はお気に召さなかったのかね?」と言う顔をして池に新しい王様を放り込んでくれました。
しかし、王様として来たのはコウノトリでした。コウノトリは大のカエル好きですから、片っ端からカエルを嘴で捕まえて食べ始めました。カエルたちは大混乱です。丸太の下へ隠れたり、岸の草叢に隠れたり、飛んだり跳ねたり。
命からがら難を逃れた例のカエルたちが、ジュピター神の所へやってきました。「ジュピター様。何とかあの乱暴で残虐な王様を別の所へお戻し下さい。」
笑いながらジュピターは言いました。「今度の王様はお気に召さなかったのかね。」
カエルたちは訴えます。「あの王様は、私達を食べるのです。とても恐ろしくて住んでいることができません。私達には平和が必要なのです。」ジュピターは言いました。「分かっておる。しかし、お前達は、何もしない平和極まりない丸太棒よりも、動き回る、もっと力強い王様が欲しいと言ったではないか。」「確かに、王様らしい王様なのですが、私達に対する優しさがありません。これではみな食べられて、全滅してしまいます。」「そうだね。それでは、新しい王にはどこかへ行って貰うとしよう」
こうしてコウノトリはどこかへ姿を消し、池には再び平和が戻ってきました。食べられてしまうことに比べれば、多少窮屈でも仲良く生きていることは随分幸福なことが分かったのです。カエルたちもお互いが少し我慢すれば、何とか生きてゆけることが分かったので、場所を奪いあったりしなくなりました。命の危険に曝されて初めて平和の有難さが分かったのでした。
背伸びして自分達の会社を立派に見せようとしても、社員たちは少しも幸せにはなれないのです。背伸びしても疲れるだけです。得するのはコウノトリだけですからね。
2013/12/30
今様伊曾保物語その4 [今様伊曾保物語]
2013年2月3日(日)
今様伊曾保物語その4 ライオンと狩りをすると怠惰なライオンは、あんまり何にもしないで寝てばかりいたものですからすっかり腹が減りました。そこで同じく腹の凹んだ犬と豹に声を掛けました。
「君たち、腹が減っているだろう。儂と一緒に狩りをしないかね?」
犬は言いました。「ライオンさんと一緒なら心強いです。僕は、とっても鼻が利きますから獲物を探して追いかける役目を引き受けます。」
「それはなかなかよい考えである。」とライオン。
続いて豹が言いました。「私は木登りが得意です。ですから、犬君が追ってきた獲物に、木の上から飛び掛って仕留めてみせましょう。」
「宜しい。なかなか君たちは頼りがいがある。結構、結構。ところで、儂は声も大きく顎力も強いので、獲物に咆えて気絶させ、止めをさす役目じゃ。」
ということで話は纏まりました。早速、犬が獲物を追い込んでくる木を決めて、その木の上に豹が登りました。近くの草叢にライオンが潜みました。そして、犬は腹ペコの体に鞭打って獲物を探しに駆け出しました。
犬が出発してから二日が経ちましたが、まだ獲物の姿は見えません。ライオンも豹も空いた腹を愈々凹ませて、苛々しながら待っています。もう夕日が地平線に近付いた頃、何かが走ってくる足音と犬の吠える声が聞こえてきました。ライオンと豹とは「よしっ!」と言って構えています。
暫くして、トムソンガゼルが必死に走ってくるのが見えました。豹はガゼルが木の下に来るのを今か今かと待ち構えています。そろそろ木の下を通過しようとした時です。いきなりライオンが飛び出してガオーッ!と咆えました。ガゼルは気を失うどころか、突然方向を変えて走り始めました。慌てて豹も木から飛び降りてガゼルを追います。へとへとに疲れた犬も引き続きガゼルを追います。流石のガゼルも疲れ切っているところを更に豹に追われたものですから、とうとう掴まってしまいました。その間、ライオンはただ見ているだけです。
倒れたガゼルに止めを刺そうと豹が歯を食いしばっていると、ライオンがやって来て「任せたまえ。」と言ってガブリと止めを刺しました。死ぬほど腹の減っている犬と豹は、早く狩の分け前が欲しくって、尻尾をふってライオンを見ています。ライオンは言いました。「両名の、今回の狩での働き、ご苦労であった。分け前は後程取らすことにするので、本日は一旦これで解散とする。」犬も豹も腹が立ったので、ライオンに食って掛かります。「今、分け前を一緒に分けましょう!」
ライオンの目がきらりと光ります。「今、何と言った?」そしてもう一度物凄い声で怒鳴りました。「今、何と言った?」その声が余りに大きかったものですから、犬も豹も吃驚して声が喉に詰まってしまいます。「い、いえ、何も。」怒鳴り声が大きい者は、慾もそれに応じて大きいのです。ライオンは言いました。「宜しい。分かっておれば、今日は一旦帰って宜しい。分け前のことは明日決める。」
翌日、二匹がライオンのところへ行くと、ガゼルの形がまるでなく、骨だけが少し残っていました。美味しいところは散散食べつくしたライオンが、満足そうに草叢に横になっています。二匹を見るとライオンが言います。「おお、狩での仕事、ご苦労であった。儂は度量が大きいので、諸君への分け前も大きい。さぁ、残った分を好きなだけ諸君で仲良く分け合って持ってゆきなさい。」
苦労してガゼルを仕留めた二人でしたが、仲良く分け合うこともなく、少しでも相手より大きい方を取ろうとします。すばしっこい豹は少しだけ肉の多く付いている骨にかぶりつくと、直ぐに近くの木の上に登ってしまいました。犬は最後に残された小さな骨を大切そうに銜えて、走り去ってゆきました。もう横取りする者はいないのに。
これがライオンと一緒に狩をした時の結末でした。ですが、こんなことで驚いたり怒ったりしてはいけません。世の中にはもっと酷いことが沢山あるのですから。
※今日の挿絵は、ほぼ鉛筆と水彩絵具のみ。気が向いたら後日、ボールペンの線を入れるかもしれない。
今様伊曾保物語 その3 [今様伊曾保物語]
2013年1月27日(日)今様伊曾保物語 その3 兎と亀
この有名な話はこんな風に続きます。
あの有名な走り比べ以来、随分長い時間が経ちました。亀の家では代々あの時勝利した祖先のことを「兎勝(うさぎがち)様」と言う名前で呼んで、尊敬していました。ですから、この亀の子孫達は、兎を見ると優越感に浸ることができるのでした。
一方、兎の方では、三方ヶ原の戦いで命からがら逃げた徳川家康が描かせた顰像(しかみぞう)を後年の戒めとしたように、壁に「油断大敵」と「臥薪嘗胆」と言う掛け軸をぶら下げて、この恥じは雪がではおかじ、と子々孫々再挑戦の機会を窺っていました。
或る日兎が軽快に山野を飛び跳ねていると、亀が本当にのろのろと歩いているのが目に入りました。そこでこの兎は歌いながら亀に言いました。「もしもし亀よ、亀さんよ。世界のうちでおまえほど、歩みののろい者はない。どうしてそんなにのろいのか。」
亀は答えます。「兎どん。おいらはおまえさんが、そりゃぁ速く走るのを知っていますよ。でもね、おいらのご先祖様は、兎どんのご先祖に勝ったんですよ。」
兎は唇を咬んでから言います。「だからさ、もう一度勝負しましょうよ。相手が昼寝してたから勝てたなんて、余りに悲しいじゃないですか。」
亀「そんなの、知りませんよう。でも、駆け比べすることについては、おいらは吝かではございませんよ。」
兎「ほう、いい度胸ですね。」
亀「但し、同じところから一緒に走り出したら、僕が負けるのは火を見るよりも明らかでしょう。そんな競争はフェアプレイ精神に反しますよね。だから、あの競争のたとえ話は、弱者を強者がいじめる嫌な話だ、と言って怒っている大人もいるくらいなんですよ。そんなアンフェアな競争をして勝っても、兎どんにとって、ちっとも名誉なことではないじゃないですか。」
兎「まぁね。(それでも俺は勝ちたい!)」
亀「そこで、提案ですが、僕が走るのは兎どんの走る距離の百分の一と言うのはどうでしょう。」
兎「百分の一?」兎はなんだか随分損をしたような顔をします。
亀「本とは、おいらはもっと遅いんだけど、二百分の一とかにしちゃうと、兎どん競争したくなくなっちゃうでしょ。」
兎「なるほど。」
と言うことで、再試合が行われることが決まりました。亀が住んでいる川の辺が出発点で、兎の散歩道である丘の上が終着地点であります。距離は百メートルで、まず亀が出発し、いよいよ最後の一メートルの地点、つまり九十九メートルに亀が到着した時、審判が旗を揚げます。公正を期するために、審判は双方の親族、関係者ではなく、蜥蜴どんに依頼しました。さて、どちらが先に駆け付くか。
位置について、用意 ドン!の号令が、河に住んでいる河童小僧によってなされます。亀は早速歩き始めます。ご存知のように亀は走ることができません。やはり、というよりも想像以上に遅い速度です。直ぐそこまで歩くのに、すっかりへばってしまっています。兎が声を掛けます。「おい!亀さん。もっと速く行ってくれよ。」実は、この牛歩戦術は亀が計算していたことでもあり、兎が亀の足の遅さにうんざりして眠ってしまうようにして、今回も寝ている間に到着してやろうと言う魂胆だったのであります。案の定、兎はうつらうつらし始めます。しかしながら、今様兎は過去から学んでおりました。亀の歩行速度から九十八メートル地点の到着時刻を割り出し、目覚まし時計を掛けておいたのでした。
兎が舟を漕いでいるのを見ると、亀はしてやったりと言う顔をしております。亀はゆっくりと自分の歩調で歩きます。土台、亀は歩くのが苦手であり、好きでもありません。石の上などで日向ぼっこをしているのが大好きなのであります。それなのに、祖先がたまたま忍耐強かったために手に入れた兎に対する勝利、それが敵討ちという話にまで発展してしまったので、「なんだか迷惑だなぁ。」などと独り言を言っております。それに、丘の上までの道は平坦ではなく、石ころもあるのです。それを一つずつ乗り越えてゆくのです。わざとゆっくり歩いてゆく心算でしたが、これでは兎が充分な転寝をして目を覚ましてしまう、と焦り始めました。しかし、終着点はまだまだです。
やっと亀が九十九メートルに到着した時、兎は既に目を覚ましており、蜥蜴の手旗が揚がるのを今か今かと待ち受けていました。手旗が揚がるや否や、それこそ脱兎の勢いです。亀が四苦八苦して乗り越えた石なんか一ッ跳びで越え、みるみる丘を駆け上って行きます。
そして、亀が残りの五センチに前足を伸ばした時、兎の尻尾が、地面に引かれた線を跳び越えました。
こうして兎は亀に勝つことができましたが、喜びも本の一瞬でした。考えてみると、何だかちっとも嬉しくありません。「こんな競争に何の意味があるのか?」兎はまっしぐらに自分の穴へ帰ると、マカロンを食べたり自棄酒を飲んだりしました。
その後兎は『弱者に勝った強者の存在意義とは何か』と言う本を書きました、とさ。
今様伊曾保物語 その1 狐とコウノトリ [今様伊曾保物語]
昨年から計画していた『今様伊曾保物語 その1』。やっと挿絵を描くことができた。話の展開も少しだけ捻りを加えた。
今様伊曾保物語 その1 狐とコウノトリ20113年1月3日 木曜日高慢ちきな狐がおりました。風の噂にコウノトリがカエルたちの女王様になったと聞いたものですから、なんとかその鼻をへし折ってやろうと考えました。もっとも、コウノトリには鼻は穴しかあいていませんけれど。 そこで狐はコウノトリにお昼をご馳走したいので、一度来て欲しいという手紙を書きました。その手紙を貰ったコウノトリは自分もカエルたちとは言え、女王様になったのだから、大分徳が高くなり、世間でも評判になったに違いないと勘違いし、オメカシして出かけてゆきました。 コウノトリが狐の家に着くと、狐は女王様をお迎えして光栄である、と言うようなおべんちゃらを言ってから、家の中に案内してくれます。そして、テーブルの上には平たいお皿が置いてあって、何とも言えない美味しそうなスープの臭いが漂っています。狐はコウノトリを席に案内すると「何もございませんが、どうぞお召し上がり下さい。」と言います。コウノトリ「これは結構なスープで、美味しそうですね。」狐「さて、お口に合うとよいのですが。さぁ、どうぞどうぞ。私も食べましょう。」と言って、長い舌でぺろぺろぴちゃぴちゃと、本当に美味しそうにスープを舐めるのです。コウノトリは嘴で皿をコツコツと叩くだけで、スープはちっとも口の中に入ってきません。狐「あら、コウノトリさん。口先だけでなく、もっと盛大にお食べ下さいな。」コウノトリ「いえ、結構なお味で。充分堪能致しました。」 コウノトリはお腹がぐうぐう言わせて、腹を立てて帰ってゆきました。狐は、その後姿を見ながらにやりとしていました。
数日後、狐のところに招待状が届きました。勿論コウノトリからです。お昼ごはんを用意したので来て欲しいと言うのです。狐はどんなご馳走を用意してくれているのだろうと、わくわくしながらコウノトリの所へ行きます。 テーブルの上には口の細長い瓶が置いてあります。コウノトリ「御口に合いますかどうか。それでも、手塩にかけた料理ですから、どうぞ召し上がれ。私も失礼して頂きます。」と瓶の中に嘴をいれて、瓶の中に入っている茶碗蒸しを美味しそうに食べます。今度はコウノトリが狐が瓶の口ばかりを舐めているのをにやりとしながら見ています。コウノトリ「瓶の口もなかなか好い味がするのですが、瓶の奥の方にもっと美味しいものがございますよ。」狐はすっかり腹を立ててこのように悪態を着きます。「コウノトリさん、これはご馳走とは言えませんな。ご馳走とは人をもてなす為に準備すべきですよ。こんな失礼な接待は初めてだ。」と、自分が売った喧嘩なのに人のせいにしています。そしてこう言い放ちます。「また、こちらからご招待しますよ。」そして、尻尾を左右に大きく振りながら帰って行きます。
それから何年かが経ちました。狐からの招待状がコウノトリのところに届きました。 コウノトリは今回は前回の仕返しをしてやるぞ、と意気揚々、自分のご馳走も両手に持って出かけて参ります。コウノトリは「今日は。お久しぶりです。ご馳走があるとのこと、是非賞味させて頂きたいと存知、参りました。私はお土産もご用意しておりますので、後ほどお召し上がり下さい。」と丁寧に頭を下げます。何だか様子のおかしいのに狐はきづきましたが数年前に出したのと同じスープを浅い皿で出しました。コウノトリは軽く咳きをして、何度か瞬きをすると、スープにスプーンのようになった嘴をいれ、仰向けになって飲み始めました。「おいしゅうございます。」狐はこれにはがっかりしました。コウノトリは持って来たお土産の瓶を出します。「どうぞ。」狐はまるでアリクイ鼻面のように長くなった口を、瓶の中に入れ茶碗蒸しを食べます。「これはまた結構なお味で。」二人とも、自分達が前回食べることができなかったご馳走を食べることが出来て大層満足しました。そして、ほぼ同時に自分達が用意した料理を自分たちも食べてみようとしました。ところが、残念!狐は尖った口先になってしまって、スープがちっとも上手に舐められません。コウノトリもスプーンのようになった嘴が小さな瓶の口にぶつかって入りません。 実は、最初の戦いの後、狐は細長い瓶の中の物が食べられるように口を縛って食べる訓練をしたのでした。その努力の結果、アリクイのような鼻になることが出来たのです。一方、コウノトリも平らな皿からスープが飲めるように、努力をしました。が、どうしても出来ないものですから、つい最近整形獣医の所へ相談にゆきました。「一回整形すると元にもどせなくなるけれど、宜しいですか?」コウノトリは首を縦に振りました。二人は、自分達のして来たことを話合い、こんな馬鹿なことしなけりゃよかった、とお互いを慰め合ったそうです。
教訓。自分の得意でないことを無理してやると、人生損をしますよ。