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犬と散歩 [短編小説]

November 18, 2007 19:02:02
犬と散歩テーマ:随想

 今日、外の風景は少し晩秋らしくなっていた。空は、画家が粗い筆致でキャンバスに描きなぐったような雲に覆われていた。それでも風はそれほど冷たくもなく、夕方は丁度よい散歩向きの気温になっていた。
 隣には、弟が住んでいる。彼はビーグル犬を飼っているのだが、その名前は花太郎と言う。花太郎は余り散歩に頻繁には連れて行ってもらえず、大分肥満気味である。私は、気が向くとこの花太郎の散歩に出かける。
 花太郎はまるで躾がされてない。私が散歩用の紐を首に掛けに行くと、もう予定された散歩に興奮状態で、私に飛びついてくる。それは実に嬉しく、感激せねばならないのであるが、鎖につながれた彼が、自分の糞も時々その足で踏みつけていることを知っている身としては、一緒になって喜んで訳にもゆかない。首に紐をつけるだけでも、ちょっと用心しなければならない。
 さて、いざ出発。私は彼が途中で必ず用足しをするので、回収袋と小さなスコップを持っている。だから、彼ほど身軽ではないのだ。しかし、喜びは彼をして、犬ぞりの犬にしてしまう。躾のされている犬ならば、主人の指示を待って、主人の望む方向へ歩いて、それも紐を綱引き状態にしないで、注連縄位の余裕をもって、歩いてゆくものである。花太郎は、まず、全速力で庭を飛び出す。私の腕と身体はぐいと引っ張られる。先ず一本目の電信柱へやってくるや、早速、軽く放尿。臭いをかぎ回る。誰がここを通過したのか、確認している。油断していると大変だ。突然、方向転換し、私は坂を下ろうと思っていたのに、登り始めようとする。冗談ではない。
 あぁ、この馬鹿犬。私はこの花太郎と週末気が向くと散歩しているが、既に数年の間柄である。しかし、ベクトルは双方正反対側を向いている。その度に、私は、この馬鹿犬!と罵ってしまっていた。何しろ、画帳でも持って、景色を写生したいと思っても、彼が絶対金輪際そんなことを許してはくれないのだ。私は、散歩の友を、彼の中に見出していたのだったが、それはとんでもないことである。彼は散歩が生きがいなのである。
 今日は、遅すぎるのだが、私はやっと納得した。これが本来の犬の生き方なのだ。躾をされていると言うことは、ベルトコンベヤーの上に載せられている皿の上の寿司として出されると言うことではないのか。無人駅の前にもあるフランチャイズのコンビにストア、どこにでもあるファーストフード、喫茶店、ディスカウントショップ、個性の破壊、個の疎外。花太郎は躾をされていないからこそ、実に犬としての本来の個性を発揮していたのであった。油断をすれば、すぐに、自分が主人面をする、小憎らしい、しかし、素晴らしい奴なのである。彼が行きたいこ所まで一緒に付いてゆきたいのだが、残念ながら私は動物学者ではないので、人間の歩く歩道しか歩くことはできない。
 キニク派、犬儒学派。簡素な自然に近い生活をし、文明社会のしきたりや制度を無視して、乞食生活も厭わない。GNPやGDPを尺度とせず、GNHを尺度とする生き方。乞食生活は頂けませんが、文明社会のしきたりや制度は、ある程度無視して生きないと、人間性が破壊されてしまう。個の確立、それは犬の生活をすることであった。
 火星人がまだ蛸の八ちゃんみたいな存在だった頃、ドラキュラやフランケンシュタインが現実感を持っていた頃、人間は悪を他の存在に帰することができた。しかし、科学の発展した現在、一番凶悪な存在は人間であることが証明されてしまった。結局今のところ人間を一番殺しているのは、細菌や隕石や地震ではなく、人間自体である。殺人を平然とやってのけるテロリストは悪人であると洗脳しようとする向きもあるが、テロリストを作り出してしまう社会制度が本当の悪なのだ。他の価値観を受け付けない制度が悪なのだ。
 ここで登場するのが、アナーキストならぬキニク派である。十九世紀であれば無政府主義者が登場して、政府や王政の転覆を図ったことであろう。しかし、今や二十一世紀であり、暴力は避けられなければならない。怪我したり、投獄されたりするのやだもん。キニク派に倣って、しきたりや制度を否定せず、無視するのがいいのだ。な、花太郎!
 犬は実に哲学的である。哲学は実に犬的である。呵呵。


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すうちい

「蛸の八ちゃん」は復刻版の漫画持ってまーす。
by すうちい (2008-01-13 23:36) 

アヨアン・イゴカー

すうちい様 凄いですね。「蛸の八ちゃん」持ってらっしゃるんですか?この田河水泡の漫画のことは、実は、私は母から聞いて知っているだけで、詳しいことは知りません。子供の頃、ウインナーソーセージを蛸の形にして焼いて出してくれながら、母が蛸の八ちゃん、と言っていたのです。母の弟が八郎と言う名で、蛸の八ちゃんの真似をしたとか、似ていたとか・・・忘れましたが。機会があれば、どこかで見てみます。
by アヨアン・イゴカー (2008-01-16 00:58) 

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