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今様桃太郎 その1 [短編小説]

 今日は、2003年に書いた今様日本昔話の中から、唯一完成している『今様桃太郎』の話を紹介。400字詰め原稿用紙なら20枚くらいになりそうなので、数回に分けて。

今様桃太郎2011-2-6日曜日.JPGむかしむかし、と言ってもつい最近の話、近所のそこいらに、爺さんと婆さんが元気に住んでおりました。爺さんは喜寿を過ぎておりましたが、髪の毛がふさふさして立派なものです。外見に矢鱈に気を配る方で、暇さえあれば鏡の中の自分の姿を見ては、「今日はいけてるぜ!」とか「うーん。もうちょいだ。」と言った後に「惚れぬ女の気が知れぬってかぁ。」などと独り言。櫛と鏡は彼の生活必需品であります。婆さんはすっかり白髪ですが、抜け目のないような目つきは、昔とちっともかわりません。色気はすっかり天山山脈の彼方に飛んで行ってしまいましたが、物欲と食欲と睡眠欲は膨らんだ風船がまだこれでも破裂しないで頑張る様に肥満化しております。総入れ歯を毎日自分自身の歯であるかのように丹念に磨いています。一本ずつ名前をつけて、さも愛しそうに、「あぁ、私の梅の介!豊太郎!寛一つぁん!」などと呼んでいます。ちなみに、梅の介とは大臼歯の一本、豊太郎は前歯、そして寛一つぁんは犬歯の一本です。夫婦仲はよくはありませんが、かと言って別れてしまうほどでもなく、どちらかが先に死んだら残った方が葬式くらいちゃんと出してやろう、と言った冷静な隣人愛を提供しあえる円満な関係であります。

 さて、ある日、婆さんに「例のところ行ってくらぁ。」と言って爺さんはいつも通り山へ芝刈りに出掛けて行きました。型どおり、婆さんは川へ洗濯です。みなさんとっくにお気づきと思いますが、爺さんの山と言うのは、胸の高鳴る心の山場であります。すなわち、携帯電話で連絡を取り合った相手との出会い場所です。婆さんの川は、命の洗濯をするゲームセンターです。

爺さんは老いて尚お盛んだったので、金銭的には、昔ちょいとえげつないことをして貯めておいたお金を使って、芝刈りに大忙しです。電子メールで女性を装った相手にすっかりだまされて、危うく有り金を巻き上げられそうになったこともありました。尤もそんなことを一度や二度経験したくらいでめげてしまうほどやわではござんせん。

婆さんは指を使っているので、頭はまだまだしっかりしていて、若いもんには決して負けません。隣で婆さんの指捌きを見ていたある若者は「この世のものとは思われない。あの世のものだ!」と驚嘆しておりました。

 閑話休題。爺さんが山で芝を一生懸命に刈っている最中に、婆さんは今日は馴染みのインベーダーゲームです。空から、と言うか宇宙空間から降り注ぐ侵略者たちに向かって電子銃を撃ちまくるのです。油断をすると友軍の戦闘機が撃墜されてしまいます。反対に特定の敵機を撃ち落すと、友軍が一機増えたりするのです。まるで加藤隼戦闘隊長になったかのような錯覚が味わえるのでしょうか。努力が報われるところが嬉しいのでしょうか。信賞必罰が愉快なのでしょうか。でも、あえて地球を真剣に防衛しなくても、誰からも罰せられることもありませんし、地球をインベーダー達から守っても喜ばれもしません。宇宙からの侵略者たちを皆殺しにしたからと言って、婆さん凄い!と言って孫に褒められ美味しいご飯をおごってもらえるわけでもないでしょう。ではなぜ、何が彼女をして斯くまでも興奮せしめるのか。理解できない向きもございましょうが、子供と老人とはその趣味と行動の多くに共通点があります。同じことを飽きもせずに、何度でも繰り返します。そして子供は学習してゆくのであります。一方、老人は無我の境地に沈潜してゆくのであります。一方は学習的行動、他方は哲学的行動なのであります。

 


nice!(79)  コメント(16) 

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コメント 16

carotte

ご訪問ありがとうございました。
楽しく読ませていただきました。
続きを楽しみにしております ^^
by carotte (2011-02-06 20:33) 

雉虎堂

うふふ、楽しくて深いなあ♪
老人と子供のそれぞれの「遊び」考察
とっても興味深いです。
わたしもはやく
哲学的に遊べるようになりたいなあ( ^^)
by 雉虎堂 (2011-02-06 21:57) 

月夜のうずのしゅげ

言い回しがおもしろすぎますね。
何度も笑ってしまいました。
言葉も豊富だし、個性豊かな今様の爺さんと婆さんが
桃太郎に会う日を楽しみにしています。
by 月夜のうずのしゅげ (2011-02-06 22:09) 

sak

時代変われば…ですね
続き楽しみです(^^)
by sak (2011-02-07 09:20) 

にすけん

 これはまた、続編が楽しみな・・・
by にすけん (2011-02-07 10:33) 

Enrique

「むかし,むかし」の冒頭だけで,このヴァリエーション!面白いですね。
by Enrique (2011-02-07 11:06) 

kakasisannpo

桃が 何時? 出現するのかと、ハラハラドキドキしていましたが
残念ながら、まだ会えなかったなあ。

桃太郎の話と言えば、幻想説話学(清田圭二)(平河出版)も面白かったです。
by kakasisannpo (2011-02-07 11:41) 

mimimomo

こんばんは^^
アヨアン・イゴカーさんは色んなお話を思いつかれますね。
どのくらい小説をお書きになったのかしら~
こう言う夫婦も現実にはいるのでしょうかしらね~いるのかも。
by mimimomo (2011-02-07 18:53) 

Kanna

今日のお年寄りの方々はゲームセンターが集いの場でもあるようですね。

それにしてもとても面白いお話ですね、驚きました。
文字体が独特なので、きっと堅苦しいのだろうと想像しておりましたが、いったん読み始めると可笑しくて最後までするすると読んでしまいました。
文章のリズム感も安定していて、人物の描写についても必要なところだけをきちんと無駄なく書かれていらっしゃるし、かといってしつこくもないので、とても読みやすいです。
読み手側の気持ちをしっかりと汲み取られた丁寧な文章だと感じました。
さすがですね!

by Kanna (2011-02-07 22:49) 

yakko

お早うございます。
面白いですね〜 ∈^0^∋ 大いに楽しませて戴きました。
私もおぱあさんを見習って生き甲斐(?_?)を見つけなければ・・・
by yakko (2011-02-08 10:43) 

yuyaさん

読みやすく、馴染みやすいお話ですね。
こんなにエネルギッシュなおばあさんの活躍を、常に後ろの隅で見ていたい・・・
続きが楽しみです。
by yuyaさん (2011-02-08 14:09) 

sig

こんにちは。
そこそこの年金だけで、おじいさんおばあさんのささやかな楽しみ。
笑いながら身につまされております。桃太郎が登場したら、このご時世で養育できるのかしらと心配です。
by sig (2011-02-11 13:45) 

youzi

いまどきの桃太郎に大笑いしました。
続きが楽しみです。
by youzi (2011-02-11 21:54) 

duke

達筆でいらっしゃいますね。風情があって素敵です。
爺さん・・・懲りない・・・^^;
by duke (2011-02-12 14:01) 

アヨアン・イゴカー

えれあ様、さとふみ様、kaoru様、schnitzer様、takemovies様、月夜のうずのしゅげ様、ChinchikoPapa様,galapagos様、今造ROWINGTEAM様、マリエ様、carotte様、Goshu様、kurakichi様、野うさぎ様、もめてる様、ミモザ様、glennmie様、雉虎堂様、kohtyan様、こさぴー様、スー様、flutist様、くらま様、シラネアオイ様、Bin様、krause様、yoku様、sak様、(。・_・。)2k様、olive様、palette様、にすけん様、Enrique様、t-toshi様、ゆきねこ様、kakasisannpo様、よっちゃん様、mimimomo様、signaless様、ryo1216様、りんこう様、スマイル様、八犬伝様、orange-beco様、とらさん様、夢空様、yakko様、つなし様、+k様、兎座様、海を渡る様、gigipapa様、扶侶夢様、デザイン屋様、うまお様、Pittorice様、Halumi様、chico様、siroyagi2様、☆箒☆様、やっさんパパ様、ねじまき鳥様、水郷楽人様、miffy様、sig様、PENGUING様、さーやん様,youzi様、青い鳥様、duke様
皆様 nice有難うございます。

by アヨアン・イゴカー (2011-02-13 14:03) 

アヨアン・イゴカー

carotte様
フランスの文化紹介、興味深いですね。宜しくお願いします。

雉虎堂様
こういう爺さんと婆さんの関係、悪くないと思うようになりました。結婚とはマラソンのようなもので、折り返し地点を過ぎてしまうと、もう恐いものはありませんね。

月夜のうずのしゅげ様
落語が好きなもんですから、ちょっと落語調が入っているかもしれません。
と言っても、落語を聴きに行くほど熱心ではありません。

sak様
ありそうで、ないこと、なさそうでありそうなこと。いろいろ考えています。
今様とはなんぞや。

にすけん様
ご期待に沿えるやら・・

Enrique様
先に進むと、相当に逸脱していますので、お気に召すやら。

kakasisannpo様
>幻想説話学(清田圭二)(平河出版)
幻想説話学という響きがいいですね。検索では出てこないのですが
どのような著書なのでしょう?

mimimomo様
短編小説は多分20以上書いていると思います。数えていません。
結局のところ、別れない夫婦というのはそれなりに偉いと思っています。

Kanna様
実は、お年寄りがゲームセンターにゆくかどうか、知りません。私の妻が以前、ギャラガというゲームにはまっていて困りものだと思ったので、それをネタにしたのです。文体、お褒め頂き、有難うございます。常に、文章の流れには注意を払っております。

yakko様
ほどほどであれば、ゲームも悪くはないのではないのでしょうか。
電車のとなりでカシャカシャさせるのは、ちょいと近所迷惑でござんすが。

yuya様
お年寄りが元気だと、社会も元気になると思います。最前線からは身を引いて、裏から経験と良識で若者に助言を送るようになれば、もっと住みよい世の中になるのではないでしょうか?

sig様
この物語読み直しながら、最近の年金問題を思い、2003年当時ほどお気楽な未来ではなくなっていると感じました。若者たちの将来が不安です。彼らを保証しなければ、守らなければ、国の安寧・幸福はないだろうと思います。

youzi様
推理小説宜しく、結末をご想像下さい。がっかりするかもしれません。^^;

duke様
お褒め頂き有難うございます。尤も、随分下手な字だとは、自覚しています。私はひらがながとても好きです。美しいひらがなを書きたいと思っています。ひらがな入りの絵も、発表したいなぁ。

orange-beco様
2011年2月7日月曜日にnice10,000に到達しました。このniceはorange-becoさんでした。有難うございました!

by アヨアン・イゴカー (2011-02-13 14:40) 

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