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松井冬子の絵画について [変化]

 先週、NHKのETV特集で放送された松井冬子紹介番組を私は興味深く観ていた。lapisさんもご指摘のように、テレビの影響は絶大であると思う。仮令彼女の作品が気に入らない人々でも、彼女の美貌には目を惹かれ、あの全体的に大作りな、マリア・カラスを思い出させる造作が脳裏に焼きついたのではないだろうか。制作者の演出意図が見えかくれしていた。つまり、NHKのカメラマンが、まるであたかも美人女優が演じる女流画家の生活の一齣を撮る様に、化粧、髪型、衣装の乱れ、照明によって生じる陰など、彼女の美貌だけが引き立つように細心の注意をしていたことが見て取れた。人間には美しく見える角度がれば、そうでない角度もある。美しい角度のみから映像を構成するということは、女流画家の生活をカメラに収めると言う単純な撮影とは別の意図がある。「痛みが美に変わる時 画家松井冬子の世界」と言う題名に収束するように。
 私は松井冬子の生い立ちについては、何も知らない。しかし、彼女の語った内容からは、随分屈折した人生を生きてきたのではないかと感じた。「お転婆」と言う表現では済ますことのできない厳然たる事実を、彼女は無痛症の人間のように、事も無げに語った。耳が不自由になるような殴り合い、首の骨が折れるほどの争いがかつてあったのだ。平然と語られることによって、その不気味さ、深刻さが一層印象に残った。彼女の人生を知らずに、彼女の作品を語ることはおこがましいことではあるが、敢えて感じたことを書いてみたい。

 彼女の描く臓器は、甲冑である。彼女を男たちの暴力、不合理、理不尽さから守ってくれる鎧である。それらはどのように彼女を守るか。どんな美人も一皮向けば糞袋と言うような表現があったと思うが、人間は皮を向けば全く異なる姿をしている。そしてその姿は余りに見慣れないために、大抵の人間ならば目を背ける。醜い性欲の虜となった男でも、内臓をこれ見よがしに露出する女には近付かないであろう。
 そして、この鎧、甲冑と化した内臓は、やがて外臓となり、別の存在意義を持ち始める。子供たちが自分達の身の安全を守ってくれる人々をヒーローとして崇め、憧れるように、彼女は臓器(外臓)に憧れ、美を見出すようになる。敵を怯ませていた内臓は、英雄として、独立した美を主張し始める。
 実験用の二十日鼠を数時間掛けて解剖し、臓器の配置、形を丹念に写し取ってゆく。彼女は臓器を見て、美しいと言った。臓器も本来生物の持っている形なので、精巧に造られており、美を感ずることは理解はできる。私個人としては美しいとは思わないが。その感性は無気味ですらある。ネオフィリアか、と思わせるような。美しいと思うものは、解剖せずにはいられない、つまり相手の死によってしか、その美しさが感じられないのだろうか。内臓が見えると言うことは、通常は対象の死、生命の休止が原則となる。外科医が手術をするのでなければ。医者は蘇生させるために、生きながらえさせるためにメスを使う。松井は美の探究のためにメスを入れる。(私は、『蛙戦記』と言う戯曲で、自分の好きになった対象が過剰な愛、愛撫、抱擁によって死んでしまうまで愛する、エフタル殿下という人物を考えた。彼は小鳥や小動物を貰うと、死ぬほど握り締めて、愛を表現してしまう王子である。人間に於いても同じことをする。)
 坂口安吾の夜長姫は、疫病に罹り、きりきり舞いして死んでゆく村人の姿を美しいと思い喜んだ。この感情はどこから出てくるのだろうか。これは死を見ることの喜びではなく、死から自由ではない、宿命に左右される弱者が、弱者として運命に抗せず死んでゆくこと、あるいは諦めに対する賛美なのかもしれない。他力本願的な、全ての信仰を弥陀に預けるものの、弱さゆえの、信仰の強さである。
 
 耳男が姫の胸に錐を突き刺した時、姫は言う。「好きなものは呪うか殺すか争うかしなければならないのよ。・・・」松井冬子の作品にこの台詞が当てはまるかどうか分からない。しかし、夜長姫のような魔性の女のような魅力を感じたのは確かである。尤も、夜長姫であればもっと美しくなければならない、私の理想像であるから。

 何度も浪人して入った芸大。単に画家になりたいのだったら、芸大に行かなくてもいいと思う。最難関を突破した人間というお墨付きを貰うのがその目的だったのだろうか。挑戦し続けたその根性は、自分の拭いがたい過去の何かに挑戦しているように思われ、vendettaのような執念深さも感じる。

 ちなみに、松井冬子の話をしていたら、デッサンを教えている画家に、彼女のデッサンは、西洋美術的すぎ、日本画はこんなデッサンじゃぁないけどなぁ、と言われた。また、内臓をそのまま描くと言うのは直接的すぎる、上村松園の絵にもっとおどろおどろしい絵がありますよ、直接的な表現を一切使っていないもので、とも。 

 いずれにせよ、いろいろと考えさせてくれた画家ではあった。

1995年2月9日木曜日に、私が書いた詩の一部:

試作その三
人の肉が大安売りです
是非、豚のご主人のお店へ行って御覧なさい
若い雌人間の肉が刻まれて山積みです
赤ん坊の柔らかい肉はいかが
肉饅頭に最適です
雌の胸肉は脂肪が多くて超廉価
エイズで死んだ人間
ペストで死んだ人間
癌で死んだ人間
自殺した人間
事故死した人間
戦争で死んだ人間
人間は至るところで腐っています

人間の肉の叩き売りをしていますよ
禿鷲のご主人の店です
棚には赤札が満艦飾
それこそ猛禽たちがやってきては買い漁ってゆきますので
飛ぶように売れていますとも
・・・・・・・(以下省略)

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コメント 6

mistletoe

こんにちは。
この方はTVで観て
「久々に凄いアーティストが出てきたな・・・」と
思いました。
芸大に何度落ちても行きたい・・・
この気持ちは私には分かります。
お墨付きが欲しいのでは無いと思います。
難関を超え、そこで勉強したかったのだと思います。

この話とは別ですが・・・京都で開催されている
河鍋暁斎を観に行きたいです・・・!
by mistletoe (2008-04-28 13:26) 

アヨアン・イゴカー

河鍋暁斎と言えば、松井冬子が好きだと言っていましたね。
私は暁斎の弟子となったジョサイア・コンドルの『河鍋暁斎』(岩波文庫)を持っています。中には好きな絵もあります。
江戸時代の絵師達や明治時代の美大生は、円を描く練習、直線を引く練習など、まず的確な線を引く練習、修練をしたようですが、これは剣道の素振りのようで、芸術と言うよりは技術です。が、やはり、こういう基本が、大切だと思うときもしばしばあります。どんなに対象を正確に把握しても、指が、腕が思うように、自分の希望する線を、面を引き描けなければ、結局は再現などできないので。

松井冬子は努力の人。絵を描いている姿をみて、そう思いました。何度も線を引いては消す作業を繰り返していたからです。
私は何故か、迷わない線を求めてしまいます。鳥羽僧正のような、鳥獣戯画或いはその他の絵巻物のような、切れのよい線が好きです。趣味の問題ですが。

私はレオナルドの素描集を持っていますが、レオナルドはどのくらい迷い箸をしたのか、対象を捉える線を引くまでに、予備線を引いたのか、興味があります。デッサンと言うのは、人柄が表れますね。そして、何よりも美的感覚、その画家の持っている、芸術性そのものが。


by アヨアン・イゴカー (2008-04-30 00:40) 

すうちい

松井冬子を知らなかったので、検索してみたらYou Tubeに卒業時の自画像制作に関するインタビューがあり、見てみました(これも元はNHK?)。しゃべりや雰囲気がそっくりな教え子がいますけど、その子も目的に向かって、とにかく進みます。その目的を達成しないと次へ進めないようです。そしてナルシスト。その子はいま高2で、プロのバンド活動をしてます。

「彼女の描く臓器は、甲冑である…」から先も興味深く読ませていただきました。
by すうちい (2008-05-02 15:05) 

いっぷく

松井冬子を検索して画をみて来ましたが、
まだよくわかりません。
アヨアン・イゴカー さんの試作のほうが興味を引きました。

by いっぷく (2008-05-03 09:56) 

アヨアン・イゴカー

すうちい様 わたくし、すういち(数一)だとばかり思っておりました。大変失礼いたしました。アウン・サン・スーチーさんのすうちいなのでしょうか?
デブも、チビもノッポも、痩せも、頭のとんがっているやつも、頭の丸いやつも、あぁ、なんでもかんでもひっくるめて、兎に角自己主張をするものはみんなナルシストだと思っています、自分を含めて。先生の生徒は、高2でプロ活動ですか、なるほど。やるじゃぁねえか!先が楽しみですね。

いっぷく様 松井冬子は、分かる必要はないと思います。芸術作品なんて、好きか嫌いか、それしかないと思います。評論家や権威が何と言おうと、好きか嫌いしかないんです。ちなみに、私は松井冬子の作品が好きなのではなく、その存在が面白いと思っただけです。(わたくし、へそ曲りなので、皆が好いと言うと、その対象からそっぽを向く人間ではあります。)
試作3にご興味をお持ちいただき、とても嬉しく思いました。元気が出ます。
by アヨアン・イゴカー (2008-05-04 19:41) 

lapis

>彼女の描く臓器は、甲冑である。
その通りだと思います。松井冬子自身、インタビューで「甲冑を来た女の人」に憧れると語っています。
僕は、彼女の作品は気に入っていますが、後の世にどう評価されるのかは分かりません。 いずれにせよ気になる存在だと思います。

by lapis (2008-05-10 17:16) 

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