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キリコ風 その1 [絵画]

 この絵を描いていたのは9月20日頃。遠近を強調し、その中に日常見ることの無い情景を描いて風景に仕上げる、それが今回の描き方である。通勤途中の電車で、一連の奇妙な生き物の絵を三枚ほど描き、帰宅後スケッチブックにもう一度描く。そのよ20160920DSCN3113.JPGうな作業を何回もしていた。何のために、何を描きたくて、そのような目的は何もない。ただ、手が動くままにしておく。塗りたいように、色を塗る。その作業が数日連続した。最初は孤独や疎外、或いは虚無感、空しさ、無力感などを描こうと思っていたのだったが。静寂、無音の恐怖、見えない何かに対する漠然とした怒りなど、日々の感じたことも同時に反映されているのだろうと思う。
 それでも半ばは、意識していたのだった。キリコのような絵、シュルレアリズム風の絵、キュビスムのような絵に惹かれて、描いて見たいと思ってはいたのだった。しかしながら、決して、模倣ではないものを。自分が何に惹かれているのかを考えながら、また考えずに。
 出版計画については、大幅に計画の変更をすることになるが、ぴたりと止まってしまっている。一旦計画を中断し、他の作品の選び直しをしている旨を連絡したが、出版社からは忙しいのか、なしのつぶてである。腹を立てたのかもしれない。一度送付した物を中止したのはこれが二度目だからである。
 計画を中断してからだろうか、風邪を引いてしまって、体も頭も思うように動かない。それが悪循環になり、出版以外のことも、あれこれ決めていたことがどれもやり掛けになり、進んでいない。
 
 ロボット猫が、歩く、歩く。女性は、歩いている男の背中に声を掛ける。彼方にはパラシュートで降下してくる者がいる。時間は昼下がりだろうか。場所は、街の真中、こんなに単純な風景は見たらない。しかし、私の頭には丸の内の一角が目に浮かんでいるのだ。既に再開発で大きく変わってしまった風景が。人々が目的を持って忙しげに歩き回り、自動車も頻繁に脇を通過してゆくのに、私にとってはそれらは存在しないに等しい。余りに自分に無関係だからだ。無関係であると、さながら砂漠にいるような、関係のあるものが真空に吸い取られてなくなってしまうような孤独を感じるのかもしれない。森の中を歩いている時とは正反対の感情かもしれない。
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sig

こんにちは。
都会の中の孤独・・・私も時々意識することがあります。周りは自分とは全く関係のない人や情景。一層孤独を感じますね。この女性は後姿だけに、寂寞、無常といったものを感じます。
by sig (2016-10-02 08:50) 

mimimomo

こんばんは^^
お風邪はいかがですか。お大事になさってください。
体調悪いと、いろんなことがなかなか進みませんね。
by mimimomo (2016-10-02 18:26) 

majyo

色々な事があり体調崩されたのでしょうか?
お大事にしてください
手が勝手に動くというのは才能ですね

by majyo (2016-10-03 19:09) 

Enrique

出版というものは、相当な生みの苦しみを伴ったものだろうと思います。当然人によって、題材によっても大きく変わるのだろうとは思いますが。
by Enrique (2016-10-04 06:37) 

Kanna

面白い絵ですね、色合いも好きです^^
パッと見た瞬間、建物の廊下の風景で、水色の天井には不思議な形のシャンデリアが吊り下がっているようにも見えました^^
都会の砂漠感についてですが、逆に私の住む田舎では、外を歩く度に見知らぬ人との視線がバチバチとぶつかり、その”相手と自分を比較している感”にほとほと疲れてしまいます^^;
若い頃は都会の無関心さが心地良く、こんな所に住めたら楽だろうな~という気持ちもありましたが、無関心の砂漠で長く暮らせば暮らすほど、田舎とはまた形の違う問題や孤独感を感じたりもするのでしょうね^^
by Kanna (2016-10-04 09:55) 

アヨアン・イゴカー

般若坊様、kazg様、かずのこ様、sig様、めもてる様、りんこう様、carotte様、miffy様、扶侶夢様、mimimomo様、Mitch様、夢の狩人様、ChinchikoPapa様、八犬伝様、schnitzer様、toranekotora様、caveruna様、majyo様、lequiche様、クリンクリン様、せとっこ様、Enrique様、山子路爺様、えれあ様、森田恵子様、kinkin様、ぼんぼちぼちぼち様、はなだ雲様、silverag様、JR浜松様
皆様nice有難うございます。
by アヨアン・イゴカー (2016-10-07 08:05) 

アヨアン・イゴカー

sig様
都会での孤独、やはり、感じられますか。
私は、バブルの時代には海運ブローカーの仕事を5年ほどしておりましたが、嫌な時代でした。日本橋、丸の内や内幸町やら虎ノ門、赤坂と言うところへ毎日のように歩き回っておりましたが、自分だけ別世界にいるような疎外感を感じる日々でした。特に立派なビル、巨大なビル、華やかなオフィス内を見ると、それが強固なものになりました。

mimimomo様
鼻づまりがあったのですが、今日はほぼ治っているようです。有難うございます。

majyo様
もう、癖のようなものなのです。紙とペンを持って、何か描こうかなと思っていて、適当に手を動かすのです。少しすると形が出てきます。徐々に方向性を決めます。

Enrique様
出版社にもメールで、一旦保留と知らせておいたのですが、なしのつぶてです。二転三転したので、腹を立てたのかもしれません。担当の方には申し訳なく思っています。
でも、出版そのものを中止する積りは毛頭ないので、その点は彼女にも理解しておいて欲しいのですが。

Kanna様
私は都会というものを、一つの全体的な対象として抽象的に捉えているようです。人々の個々の視線を意識したことはありませんし、Kannaさんのようにバチバチとぶつかることを感じたこともありません。むしろ、自分では絶対に建てることのできない巨大なビル、空間、建造物などの間を歩き回っていると、自分の存在が酷く小さく見えてきて、自分が蟻になったような気になってくるのです。ピラミッドを建てたファラオ、それを自慢げに見ているファラオ、彼の顔を見ることもできない奴隷、そのような場面を想像していたりするのです。そして、それらの建造物、空間は自分には何の関係もないので、全くの他者として対峙していて、一刻も早くその場から去りたいという衝動に捉えられるのです。
今回の絵には、そういう焦燥感よりも、孤独感、戻ることのできない過去への願望のようなものも入っているかもしれません。
by アヨアン・イゴカー (2016-10-07 08:41) 

SILENT

シユルリアリズ最近ダリとかも再来して、懐かしいです。キリコやホッパーの絵は静寂な世界で好きです。現実の世界と違った音が流れているんでしようね。本を創られるということ。
雑誌と違い、孤独に畑を耕して、毎日耕して、産み出す様なものなのでしようね。

最近、言葉と詩が一つだった頃の時代の話に興味を惹かれています。
by SILENT (2016-10-24 06:07) 

アヨアン・イゴカー

SILENT様
ホッパーの絵、早速ウェブで見て見ました。確かに、現実世界と異なる時間が流れているように感じました。そして、そこにある静寂の世界。
アンドリュー・ワイエスにも共通している静けさのように感じました。

本、今回は今までに書いてきた作品で、特に若い頃の作品を中心にして、詩集にしようと思っております。

言葉と詩が一つだった頃、と言うのはどの国の何時頃のことでしょう。面白そうですね。
by アヨアン・イゴカー (2016-10-24 23:00) 

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