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『鳥の町』(短編小説) [短編小説]

20091112日木曜日

短編小説 鳥の町 

 どんな風にそこに辿り着いたのかが分からないのだが、私はその入り口に「鳥の町」と言う看板のある町に、ある日の夜到着した。その看板を目にした時、私は萩原朔太郎の『猫の町』やら『定本青猫』を思い出していたことは述べておかねばならない。

 道路沿いには、どこでも目にする商店がある。一点を除いてである。どこの店の入り口にも鳥籠がぶら下がっていて、インコや鸚鵡、十姉妹、紅雀、文鳥、鶺鴒、目白、ヤマガラ、ヒレンジャクなどが飼われているのだった。

 一日中、骨董品店やら民芸品やら土蔵やら酒蔵などを探してあちこち歩き回っていたため、すっかり空腹になり、脚も膝が笑う位疲労を感じていた。夕食をとるため暖簾を潜って食堂へ入るや、店の一番奥の席に私は倒れこむように坐る。いらっしゃいの声も掛からない。「水を下さい!」私は薄暗い厨房の方に向かって怒るように言った。「へーい。」と女のしわがれた気の無い声がする。厨房の中には老夫婦が見えた。夫が料理を作り、妻が給仕するようである。薄暗い部屋の中で、厨房は更に少し薄暗い。並んだ夫婦を横目に見ると、なんだか二羽の梟に見えてくる。客は私以外にいないので、不必要な緊張感があった。『注文の多い料理店』に入ってしまったかのような不安が頭を過ぎる。それでも、この店の内装が、どうにも土壁だったり、藁を使ったりしていて居心地が好かったので、私の足は外へ出ることを拒んだ。覚悟を決めてここで食事することにする。

bird town.JPG少ししてからタンブラーに入った水が目の前に置かれた。テーブルの上には年季の入った箸立てがあり、漆の剥げかけた箸が無造作に差さっている。木製の献立が卓の上に立っている。品数は多くはない。麦酒、日本酒、牛丼、豚肉丼、トンカツ、カレー、天丼、味噌汁、お新香、握り飯各種、自分時特製丼。最後の一品が気になったが、肝心の値段が書いてない。酒があるのに、撮みがない。そう言えば親子丼がない。

注文を決めた。「すみませんが、注文いいですか。」商売気の全く感じられない老女の給仕が緩慢な動作でやってくる。「麦酒。それと・・・お撮み無いんですかね何か?」「お撮み?(「くーくくくくく・・」と言ったように聞こえた。)」「えぇ、例えば枝豆とか焼き鳥とか?」何か勘に触ったのだろうか女は「ないね。(「クワーッカカ」)」と答えた。私は慌てて言う。「じゃぁ、お新香。」「かしこまりました。」と言うと、厨房に向かって「麦酒とお新香、一丁!」とまるで少女のように溌剌とした声で伝える。

大根と白菜のお新香を食べながら麦酒を飲むと、直ぐにアルコールが回ってしまった。この漬物はしっかりと漬け込まれていて、甘味、辛味、酸味、塩加減、そのどれもが調和していて、旨かった。

続いてカレーと味噌汁を注文する。疲れている時、私は味噌汁を飲むのが好きだ。舌に心地よい塩分、軽い酸味、体を温めてくれる熱さ、それが好きなのだ。この店では山菜をふんだんに使っているのだが、それがとても美味だった。カレーには山芋なども入っていて、福神漬けの代わりに蕨や筍の漬物が付けられていた。今まで味わったことのないカレーだった。

ゆったりとした食事が終わると、木製の茶碗に入れた飲み物が出てきた。これは茶ではない野草を煎じたもののようだったが、この店の雰囲気によく合っていた。

「この辺によい旅館はありますか?」勘定を済ませながら尋ねる。「(「くーくくくくっ」)四十雀旅館がよいかと思います。」道順も何度も教えて貰いながら、私はこの食堂を出る。暖簾を潜って外へ出る時、羽音を聞いたような気がした。

薦めてくれた旅館は直ぐに見つかった。それにしてもこの町には大きな庭のある家が多く、竹藪もあちこちに見られる。竹藪からは、雀達の喧しいほどの囀りが聞こえ、何事か相談しているように感じられた。

旅館で二階の部屋に案内してもらうと、私は硝子戸から外を眺めた。いつ吹き始めたのか、風が庭の松や楓の枝を揺らしている。

夜、布団に入ってから、私はバートン版の『千夜一夜物語』を読み始めた。小旅行を計画していた時に、本棚にあるこの本が矢鱈に私の目を引きつけたのである。こんな風に、私はいつも思いつきで携行する本を選ぶ。序でに言っておくと、鞄の中に一冊の本も入れずには外出できない人間である。読む読まないは別にして。

有名なシンドバットの冒険の入っている一冊だった。ロック鳥と言うのは、何の象徴なのだろうと思いつつ、『荘子』の鵬の喩え話も思い出していた。人間は人智や経験を大きく超越するものに大いに興味をもつ生き物である、などと考えてうつらうつらしていると、大きな鈍い音がして、締め付けるような音が続き、建物がミシミシと音を立てながら揺れ始めた。とうとうロック鳥に屋根を鷲掴みにされたのだな、と観念した。しかしながら、こんな時にうろたえては男が廃ると堂々と振舞っているように見えるように努めた。

布団を出ると、階段を踏み外しながら階下に下りると仲居がいたので、「今の音は何ですか?」と極力冷静を装って聞いてみる。「ちょっと、突風が吹いたようです。」と彼女はいかにも冷静沈着である。「あぁ、突風ですか。」「この地方では、突風が吹くのですよ。」肩透かしを喰らったような淋しさを抱いて、階上に戻る。今のが只の突風に過ぎない?彼女は何か秘密を隠してはいまいか?と思いつつ、私はロック鳥の妄想に取りつかれていたのかもしれないと思い直す。先ほどはあれほど建物全体が揺れているような気がしたのだったが、気のせいだったようである。外ではゴロスケホッホなどと鳴いているお気楽な奴がいる。確かに、巨大なロック鳥がいたら、コノハズクが鳴くこともないだろう。なんだか馬鹿らしくなって、寝てしまった。

翌朝、雀たちの囀る声で目が覚める。浴衣を脱いでいる時、昨晩階段を急いで下りた際に階段の踏み板の角にぶつけたようで、あちこち痣になっているのに気づく。大の大人がみっともない話だ。

旅館を出た。この鳥の町を少しだけ散歩しておくことにする。旅館を出て直ぐに、竹薮があり、チョットコイ、チョットコイという声が聞こえる。折角呼んでくれているので近付いてゆくと、バサバサバサと言う足音がして、声の主はいなくなってしまう。「ちぇっ!人のことを呼んでおきながら、馬鹿にしてやがら。」とちょっと太宰治のような口吻を真似してみる。

日向の中を後ろ手で、ゆっくり歩く。少し行くと、蔦に半分以上覆われた一軒独立した喫茶店が見える。大きな硝子窓から薄暗い中が見える。失礼ながらちょっと覗いて見ると、大鷲がテーブルの前に坐っている。やはり猛禽は恐ろしい顔をしているものだな、ともう一度見ると、白髪で眼光の鋭い老人が大学ノートに何か書いていたのであった。彼は何故だろうか、今時珍しい大きな砂時計を側に置いている。私はその姿が気になったので、喉も渇いていないのに、この喫茶店「鸚鵡」に入る。入り口には鳥籠があったが、そこは空で、店の中には大きな黄緑色のインコが止まり木にいる。「ィラッシャイマッセー、ィラッシャイマッセー!」と大きな声で怒鳴る。私は大鷲の老人がよく見える位置に席を取った。不思議な人だ。彼のテーブルの上には分厚い黴の生えていそうな古本が二十冊以上も積まれているのだ。店主らしい男が「先生、いつ頃出版されるんでしょうか?」と老人に声を掛ける。「まだまだぁ。」と返事をする。「それにしても、『テウクロイ人の研究』面白そうですね。」「まぁね、ギリシアは君ぃ、実に面白いのだよ。年を加えれば加えただけ、彼の地は儂を魅了して已まない。」と大鷲は嘴の先端を翼で撫でながら、天井を見ながら言う。私は彼の姿を写生しておこうと、ポケットから手帳と鉛筆を取り出した。少しだけ描き始めると、鋭い視線をこちらに感じる。目だけ動かしてそちらをみると、老人が私の方を見ている。人間は他者の視線を感じ取ってしまうものなのである。慌てて手帳をしまう。それでも時々こちらを見ているようなので、私は珈琲だけ半分ほど飲むと、急いで勘定をすませて出てくる。「ィラッシャイマッセー。」とインコが繰り返す。

あの大鷲は何の研究をしているのだろう?『テウクロイ人の研究』なんだろう。まぁ、ギリシアと言っていたので、ギリシアに関連する人々のことのようだが、と考えながら歩いていると、小さな公園が目の前にある。bird skeleton.JPG子供達が遊んでいる。あぁ、そうだった。今日は日曜日なのだった。地面には1.5メートルほどの円、その外側に目玉焼きの白身のような不規則な凸凹の線が引いてある。これは小学校の頃放課後によく遊んだ目玉焼きと言う遊びである。向日葵と言う呼び方をする場所もあった。黄身の部分に鬼がいて、白身の部分にいる子供達が白身だけを通って回るのを妨害する。狭隘な部分が最大の難所であり、鬼にとっては恰好の場所である。突き飛ばされて白身の外に出たり、線を踏んだりしたら鬼の仲間に入らねばならない。アメリカにはローラーゲームと言うスポーツがあるが、子供がやろうが大人がやろうが、似たようなルールである。ローラースケートを履いて、傾斜したベニヤのトラックをぐるぐる回り、対戦相手を一周追い越すと得点になる。こちらは大人だけにかなり荒っぽい。こういうゲームと言うのは、人間の闘争本能を擽るのですぐに真剣になったり興奮してしまったりする。案の定子供達も、頬を紅潮させながら必死に遊んでいる。私も子供の頃を思い出しながら、鬼になっている少年を見た。首の長い、背の高い子供だった。オデュッセウスたちの乗った舟に岩を引きちぎっては投げつける、怒り狂ったキュクロープスのようだった。その仕草は余りに闘争心に満ちていてまるで軍鶏のようだ。「あっ!シャモだ。」と私が呟いた瞬間、少年の目がきらりと光った。と思ったら、もう大きな軍鶏そのものが、私に向かってくるではないか。恐怖そのものになった私は、走りに走った。こういう時程、体が重く感じることはない。普段の運動不足を露呈してしまう。頭の中ではそれこそ機関車の車輪のように足が高速回転しているのだが、体自体はスローモーションのようにもどかしい動きしかしていない。背中に鋭い痛みを感じる。軍鶏の飛び蹴りを喰らったようだ。私は只ひたすら走る。目の前に土手がある。必死で這い登る。振り返って見ると、軍鶏は来た方へ走ってゆく。どうしたのだろうと思って回りを見ると、黒い影が地面を通り過ぎた。見上げるとロック鳥がゆっくりと旋回しているではないか。

一難去ってまた一難か。私は再び走り始める。しかし、足はもう棒のようになって、思うように太腿が上がらない。呼吸困難に陥る。意識がなくなる。

 

暖かい日射しを頬に感じる。恐る恐る目をあけると私は、自分が近所の風景の中を歩いているのが分かる。夏椿、正木、柿、山帽子、ミズキ、欅などの若葉が輝いている。道路際にはスギナ、花ニラ、花大根、二輪草、菜の花などが溢れている。あぁ、私は駅から我が家に向かって歩いている。

 

家について、着替えをする時シャツを見ると、やはり血が滲んでいた。そして、蹴爪のような尖ったものの穴も開いている。やはり、私は鳥の町へ行っていたのだった。

201051日土曜日)


nice!(55)  コメント(13) 

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コメント 13

matcha

先ほど、ご訪問及びnice!を頂き、有難うございます。
HOMUTYを訪問させて頂きました。
作品 「ドラム缶と砂漠」と「古い煙突と青空」が気に入り、投票してまいりました。
また、訪れたいと思い、読者登録しました。
今後とも、よろしくお願いします。
by matcha (2010-05-02 10:59) 

mimimomo

こんにちは^^
何だか惹き付けられて読みました。
by mimimomo (2010-05-02 11:43) 

yakko

こんにちは。
普段 本 を読まないのですが、一気に読みました。
不思議な、面白い体験(?_?)を〜〜〜(◎-◎;)
by yakko (2010-05-02 16:48) 

えれあ

コジュケイも居たのですね。楽しかったです。
by えれあ (2010-05-02 19:10) 

kakasisannpo

鳥達の本能を見た気がします
by kakasisannpo (2010-05-03 10:25) 

sig

こんにちは。
白昼夢のようなお話ですね。
とりどりの鳥たちにとり囲まれて、取り留めなく続くお話のとり(オチ)が面白かったです。w
by sig (2010-05-04 09:31) 

アヨアン・イゴカー

リュカ様、orange-beco様、optimist様、schnitzer様、kaoru様、モカ様、りぼん様、、kurakichi様、nyankome様、flutist様、matcha様、mimimomo様、アリスとテレス様、siroyagi2様、yakko様、sera様、もめてる様、えれあ様、よっちゃん様、悠実様、てんとうむし様、YUYA様、くらま様、にすけん様、野うさぎ様、sak様、旅爺さん様、ムク様、kakasisannpo様、兎座様、マロン様、さとふみ様、ChinchikoPapa様、ぽちょむきん様、miffy様、pace様、ガンビー様、tacit_tacet様、イタリアの職人の手作りタイル様、moz様、sig様、dorobouhige様 皆様 nice有難うございます。
by アヨアン・イゴカー (2010-05-04 20:14) 

アヨアン・イゴカー

matcha様
HOMUTYの「ドラム缶と砂漠」と「古い煙突と青空」は、polinさんと言う方の作品ですね。CG画像を組み合わせて、幻想的でロマンティックな作品を作られていて、青春時代を思い出させてくれます。

mimimomo様
少しだけ萩原朔太郎の『猫の町』や陶淵明の『桃花源記』を思い出しながら書きました。大分、雰囲気が異なりますが。

yakko様
そうなんです、不思議な体験をしたのです。へへへ。

えれあ様
敢て鳥の名前を書きませんでしたが、やはり鳥好きの方はご存知ですね。我が家の近所にも以前はコジュケイが歩き回っていたものです。

kakasisannpo様
私は、書きながらちょっとだけ、鳥たちの気もちになってみました。

sig様
粋な鳥尽くしのコメント、有難うございます。
書き始めてから完成するのに、思いのほか時間が掛かっとります。迷いがある時、多少文章が長い時、そんなことがになります。
by アヨアン・イゴカー (2010-05-04 20:36) 

SAKANAKANE

この町にとって、人間の存在は何なのでしょうか?
ゼヒ再訪してもらい、もっと詳しく聞いてみたいです。
by SAKANAKANE (2010-05-08 18:30) 

アヨアン・イゴカー

くーぷらん様、青い鳥様、doudesyo様、アマデウス様、チョコシナモン様、takechan様、SAKANAKANE様、ミモザ様 nice有難うございます。

SAKANAKANE様
人間は自分自身の存在意義があると考えている訳ですが、鳥や猫や犬や森羅万象、どのような意味があるのか考えると、絶望的になることがあります。
by アヨアン・イゴカー (2010-05-09 15:27) 

nachic

挿絵が、白昼夢のイメージをよりリアルにしてくれていますね。
ご訪問、ありがとうございました。
by nachic (2010-05-11 09:41) 

duke

不思議と魅力的な食堂ですね。おいしくって良かった!と思いました。ビール、お新香、カレー、筍のお漬物!?食べてみたい^^ シャモ、強そうですね!!
by duke (2010-05-15 17:29) 

アヨアン・イゴカー

ひろきん様、nachic様、duke様 nice有難うございます。

nachic様
必ずしも白昼夢ではないのですが・・

duke様
軍鶏の印象は、白色レグホンのオンドリの思い出です。
by アヨアン・イゴカー (2010-05-16 13:43) 

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