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短編小説ー飛行倶楽部 その2 [短編小説]

 2010/2/17 水曜日&3/7日曜日

飛行倶楽部 その2

 飛行倶楽部の会則には無いが、飛行そのものについての会長が説明してくれた定義がある。「諸君、飛行が飛行であるためには、私はこのように定義したいのである。諸君は既に飛行者であることを前提に話させてもらいたいのだが、まず諸君は、キリスト教の信者がキリスト者であるのと同様に、飛行できるが故に飛行者なのである。その飛行者たちに向かって、私はこう言いたい。飛行は人類の憧れであった。そして、以前憧れであるし、将来も憧れであり続けるであろう。飛行の何が人類に憧れを抱かしめるか、それを考えてみて欲しい。私の考えによれば、人間は自分で目撃したもので、自分の能力によって獲得されえないものを欲しがる、これを憧れと呼べるのではないか。(彼は形容詞が多く、寄り道が多いので一部省略)・・・掴もうとしても手が届かない、この悔しさは、即憧れになるのであるんである。それゆえ、飛行である為の条件は、人間の手の届かない高さまで浮揚することが出来ることである。これはその人間の身長、健康状態によって変わるのは言うまでも無い。一般的には手を伸ばして届かない二メートル四十センチくらいの高さがあれば、浮遊力があると認められよう。

しかし、飛行者たちよ、浮いているだけなら、それはゴム風船にすぎないんであるんである。飛行者が飛行者たる所以は、その可動性にある。誰でも最低限、飛行船でなければならない。プロペラのついた風船、それはれっきとした飛行物体なのである。・・・

また、滞空時間も重要な要素である。飛行者であるためには、引力に対する反発力を有していなければならないからである。・・・そして私の認定する最低の滞空時間であるが、まぁ、一分位あればいいかな。だって、通常は飛行しないと言われているあの鶏の飛行時間だって、十秒もないでしょ。私が見た時は、ものの五秒位だったもの。六十秒間もてば、上出来じゃん!(以下省略)」

こんなことを言うのだから、飛行倶楽部の会長は、最も美しい、それこそ幾何学的にも完全な、黄金比に満ちた芸術的にも完璧な、物理的にも非の打ち所の無い飛行姿を披露してくれるのである。さぁ、皆さん、それがどのような飛行方法であるかご紹介しましょう。と言いたいところであるが、実のところ、会員の中で唯一飛行能力がないらしいのだった。発想だけはしばしば「飛んで」いたのだが。だからこの会則は、会長自身が会員でいられるための抜け道を作ってあるのだ。

 ところで、妻や私がなぜこのような高名な学者の倶楽部に参加できたのかと言うと、それは彼が私の従兄弟だからである。さもなければ、こんな変人を誰が相手にするものか。

 

閑話休題。我々のパレードについてご紹介することにしよう。

ある日の会合で、暴走族あるいは別名雷族ならぬ飛行族の、夜のパレードをやろうと言うことになった。敢て喩えるならば、リオのカーニバル、いいですか、町おこしの何々サンバ祭とはちがいますよ、のようなものだから、会員たちの盛り上がりは尋常ではない。カスタネットやマリンバやらタンバリン、大太鼓や銅鑼を打ち鳴らす者、足踏みする者、警笛を吹き鳴らす者、指笛を鳴らすもの、金切り声を上げる者、書斎は暫しの間人間たちの集会とは思われない狂騒の場になった。

walpurgisnacht.JPGそして、430日の深夜が、そのパレードに決められた。まるで曲馬団ご一行様のような出で立ち、装備をした会員たちが、ワルプルギスの夜Walpurgisnachtのように、ぞろぞろと、廃校になった山の上の分教所の校庭に集結したのである。トランポリンを運び込む者、愛用の手拭を持つ者、これは私である、風船を持つ者、団扇を持つ者、縄跳びを持った者、絨毯を担いだ者、大きな車輪付き旅行鞄を引いている者、それ以外にも色々な道具を運び込んでいたが、思い出せない。そんな中、最高級と讃えられる無装備飛行者たちが、周囲を睥睨するかのごとくゆっくりと行進してゆく。件の座禅と私の妻である。

この分教場には小さな禿山があり、その頂上に、皆の飛行が始まる前に、会長がパンくずを儀式として蒔いた。ブロッケンBrocken山を成就せんがためである。

そして、会長の飛行開始宣言があった。「ま、硬いこと言いません。飛び方、始め!」

その宣言の後、もう古びた分教場の校庭と山には、飛行野郎と若干名の飛行女たちが所狭しと動き回っていた。ある者は走り、ある者は鉄棒の大車輪を始め、縄跳びを始め、私は手拭を廻し始め、妻は助走を始める。ある者は羽ばたきを始め、ある者は絨毯を地面に置いて愛情たっぷりに撫でている。そんな中、俗世間から隔絶した修行僧のような顔をして瞑目しているのは座禅である。そして、一人だけ疎外感を感じているのは会長のようであるが、それでも飛行方法の研究なのだと称して、彼は一眼レフやビデオカメラを持って走り回って、殆どカメラ小僧のように興奮している。

暫くすると、校庭や分教場の建物の上には、飛行野郎達が歓声を上げながら気もち良さそうに飛び回っているのである。


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コメント 6

雉虎堂

飛ぶことへのあこがれは普遍的なものですね
もし選べるならイカロスや天使のように重力に逆らってとぶ
タイプではなく、東洋の天女や「うる☆やつら」のラムちゃんの
ように、重力から解放されて浮くタイプの飛行女になりたいです。
そしたら、この会の会員になってぜひパレードに参加したいです
by 雉虎堂 (2010-03-08 08:01) 

yakko

お早うございます。
飛行は人類の憧れ・・・ですよね〜(^。^)
愉快なお話、楽しませて戴きました。
by yakko (2010-03-12 06:06) 

sig

こんにちは。
「夜のパレード」と称する集いの様子が「会員飛行之図」でよく分かりました。
私はクレーンからワイヤーで吊られるアクション映画のやり方で、空中を歩いてみたいです。ちょっと予算オーバー?
by sig (2010-03-12 10:24) 

SAKANAKANE

非行少年ならぬ、飛行中年の集会、良いですね~♪
挿絵も、とってもスバラシイですね。
by SAKANAKANE (2010-03-13 08:52) 

アヨアン・イゴカー

リュカ様、pi-ro様、kurakichi様、takechan様、アリスとテレス様、Chinchiko-Papa様、Mineosaurus様、えれあ様、miffy様、ひろきん様、gyaro様、くらま様、スマイル様、tacit_tacet様、ユーフォ様、mimimomo様、さとふみ様、kaoru様、mitu様、雉虎堂様、いっぷく様、takemovies様、もめてる様、kakasisanpo様、ロボライター様、空楽様、くーぷらん様、hieroh様、ムーミン様、ナカムラ様、よっちゃん様、optimist様、Krause様、旅爺さん様、チョコシナモン様、ララアント様、be-sun様、サチ様、野うさぎ様、うに様、Halumi様、ムク様、スー様、扶侶夢舎様、shin様、アマデウス様、ぽちょむきん様、YUYA様、yakko様、sig様、りぼん様、+k様、uminokodo様、ミモザ様、兎座様、SAKANAKANE様、flutist様、ほりけん様、siroyagi2様、ゆきねこ様,schnitzer様 皆様 nice有難うございます。

by アヨアン・イゴカー (2010-03-14 23:26) 

アヨアン・イゴカー

雉虎堂様
そうですね、やはり最高級の飛行技術ですね。
そもそも引力に抵抗するなど、実に世俗的ですものね。

yakko様
自分に無いものを求めるのが人類の宿命と申せましょうか。

sig様
クレーンは、楽しそうですが、確かにお金が掛かります。
私は見たことがありませんが、唐十郎が『白鯨』と言う作品を上演した時に、クレーンで噴水の中にいる白鯨を吊り上げるという演出をしたと聴いたことがあります。

SAKANAKANE様
実は、飛行之図、結構苦労したのです。セピヤ色っぽい感じ、古めかしい感じを何とか出したかったものですから。その1に載せてあるflying baidarka空飛ぶバイダルカも、それと同じことに留意して描きました。
非行少年が、もし、飛行機野郎たちで、それほど悪さをしない連中だったらいいのですが。まぁ、あれも、青春の一幕にすぎないと思いますが。
by アヨアン・イゴカー (2010-03-14 23:34) 

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