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小説 『飛行倶楽部 その1』 [短編小説]

2010216日 火曜日

短編小説 - 飛行倶楽部 その1 

 私の通っている飛行倶楽部の話をしよう。その倶楽部は航空工学の先生の書斎である。先生の家は住宅地を見下ろす丘の北側斜面にある。家の周りには常緑樹が茂っていて、敷地内に入ると、少し気温が低いように感じられる。自分がどこに居るのかを忘れてしまうような空間である。もともとこの家は農家が物置にしていた場所を買い取ったもので、東からの太陽は拝めるため、朝日が眩しい。私なども変人の類なので、こういう一風変わった、怪しい秘密基地のようなところは大好きである。彼の友人の美術大学建築科の卒業生に設計を依頼したため、機能性よりも見た目、芸術性があきらかに優先されている。家は鉄筋コンクリートと硝子で造られていて、一見したところ美術館か博物館か図書館のように見える。二階建てであるが、半地下にもなっている。

 倶楽部の会合がある彼の書斎は半地下にあり、広さが20畳ほどである。そこにはまるで男の子の部屋のように、プラモデルの飛行機、飛行船、ロケット、鉄人28号、ゴム動力のプロペラ飛行機、ラジコンの小型ヘリコプター、ぺノーのプラノフォアの模型、レオナルド・ダ・ヴィンチのヘリコプター、グライダー、ペットボトルのロケット、オートジャイロ、地球儀、天球儀、星座表、羅針盤、ライト兄弟の複葉機、羽衣を付けて舞う天女、トンボや蝶々の模型などが天井から吊ってあったり、棚の上に置いてあったり、机の上にあったりするのである。男の子ならばきっと目を輝かせるものが溢れている。蔵書の数はそれほどでものなく、三千冊ほどであろうか。

 部屋の真中に大きな作業台のような机があり、肘掛付き回転椅子が一つある。置時計がこの部屋には五つある。壁掛け時計は二つ東西の壁にある。

flying baidarka.JPG 飛行倶楽部の会員であるが、飛び方には制限がない。後ほど紹介する会則に同意した者は大抵の人が会員になれるのである。飛び方によって、会員の呼称が異なる。私の場合は妻と二人で会員になっているのであるが、妻が勢いを付けて走りながらやがて離陸する方式なので「助走」、私は手拭をヘリコプターのプロペラのように腹這いになった腹の下で回転させる方式なので「腹這いチョッパー」と呼ばれている。妻に言わせれば「ダサい」飛行方法なのであるが、飛べればいいではないか。私と同じように腹這いで飛ぶのだが左右両手に手拭を持って回転させる方式は「外輪船」あるいは「パドラー」。立位の頭上で推進羽を回転させるものを「垂直チョッパー」。瞑想しながら浮遊するものは「座禅」あるいは「瞑想」である。念力で浮揚するものは「念力」。浮き袋の付いている特異体質の人間は「浮き袋」である。他にも、トランポリンで勢いを付けて浮き上がるもの「トランポリン」。平らな丘の斜面を走りながら降りてきて浮揚するもの、これは装備をなにも付けていない場合でも「パラグライダー」と呼ばれる。リヤカーのようなものに自転車を付けて牽引して舞い上がる方法「牽引」、校庭のような広い場所で側転を五十回ほど繰り返しながら舞いあがる方法「側転」もあるが、これは見ている方が目が回る。ブランコを漕いで空に飛び出すものは「ブランコ」、鉄棒の大車輪をするのは「大車輪」。

 会員達は夫々、自分の飛び方が最高であり、最も美しいことを信じて疑わないのではあるが、やはり念力や瞑想で飛行する美しさは別格であることは誰しもが認めている。やはり、道具を使うことに対しての抵抗感があるからである。鳥や昆虫と飛行機の飛行を比べるようなものである。ちなみに、妻は助走という方式で、補助具を何も使わないので、最高級の飛行方法だと主張している。

 会合はいつも夕方から始まる。そして朝になって散会となる。何のために集まるのか。会長が定めた会則があるが、それが全てを語っている、訳でもない。それでも少しは参考になるかもしれないので紹介しておこう。

 飛行倶楽部会則

一、会員であるためには何らかの飛行技術あるいは能力を持っていなければならない。その技術がどんなに卑劣なものでも幼稚なものでも、或いは剽窃であっても構わない。研究中、特訓中の未完成品であっても構わない。飛びたいと夢想しているだけだって、結局のところ構わない。

一、会員は飛行技術、知識を有している証拠を他の会員たちに提示せねばならない。その証拠がどんなに胡散臭かろうが、合成写真であろうが委細は問わないし、追求する勇気もない。

一、会員であるためには、他者を超える情熱がなければならない。ここに言う他者とは、特定の他者ではなく、自己自身の解釈による他者であることを必要かつ十分条件とする。


nice!(77)  コメント(14) 

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コメント 14

optimist

飛行倶楽部会則が、なんとも面白いです。
by optimist (2010-02-27 22:05) 

takechan

訪問頂きありがとうございます。
by takechan (2010-02-28 07:57) 

ひでほ

弊ブログに訪問いただきありがとうございました。
by ひでほ (2010-02-28 10:08) 

SAKANAKANE

私が夢でよく見ているのは、「念力ホバークラフト」とでも言えましょうか。己自身が、地表10㎝足らずに浮揚して、低速ながらも、思いのままに移動できるのです。
入会希望を受理してもらえますでしょうか?
by SAKANAKANE (2010-02-28 12:33) 

いっぷく

子供の頃にかさを広げて高いところから飛び降りて瞬間の浮揚感を楽しむなんてことをしたのも空を飛びたいという気持ちの表れですね。
by いっぷく (2010-02-28 15:35) 

pi-ro

ご訪問ありがとうございました~
by pi-ro (2010-02-28 18:26) 

SILENT

エングラーディング商会とか
宮崎アニメの世界を連想させていただきました
セピア色のダビンチのヘリコプターも
頭の中でかけめぐり楽しいお話です。
夢の中で自分が体のみで飛行する夢を見ました。
最近はみませんが両手を大きく広げてとぶのがコツでした。
by SILENT (2010-03-01 11:29) 

YUYA

いつも楽しいユニークな発想ですねー!
自分も美術系建築出身です(笑)
by YUYA (2010-03-01 23:14) 

すうちい

姪っ子が小さい時、「空を飛べる?」と聞くので「飛べるさ。」と言って2mほど立ち幅跳びをして見せました。
姪っ子はにっこりしてましたけど、これでも会員になれますかね?^^?
by すうちい (2010-03-04 14:05) 

アマデウス

飛び上がった途端にタイム・スリップして過去・未来の世界に旅して
見たいのです★
by アマデウス (2010-03-05 06:26) 

yakko

お早うございます。
空を飛ぶって楽しいでしょうね〜 鳥が羨ましいです・・・
飛行倶楽部会則がまた素晴らしい(?_?)です。(^_^;)
by yakko (2010-03-06 10:11) 

sig

こんばんは。
昔、私はよく空を飛ぶ夢を見ました。それが、いくら羽ばたいても高く飛べないのです。辛うじて前方の木立をかすめて飛べるだけ。それは当時の自分の心理の反映のように思われました。こんな飛行でもいいのでしょうか。W
by sig (2010-03-07 01:05) 

アヨアン・イゴカー

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by アヨアン・イゴカー (2010-03-07 16:28) 

アヨアン・イゴカー

optimist様
大体、会則を決めるのは、変人なのです。

takechan様
懐かしい電車などの写真、楽しく拝見しております。宜しくお願いします。

ひでほ様
電車の車両の写真、美しいですね。宜しくお願いします。

SAKANAKANE様
問題になるのは、高度だと思います。ホバークラフトやリニアモーターカーは、地面からの距離が短いので。
しかしながら、会長は、度量が大きいですから、大丈夫だと思います。
尚、彼の飛行の定義は「その2」に紹介してあります。

いっぷく様
ケストナーの「飛ぶ教室」ですね。子供が傘で高所から飛び降りるのは、結構一般的のようですね。私の姉も厩の二階から傘を差して飛び降りようとして、母に怒られたようです。

pi-ro様
美しい写真を撮られますね。時々、お邪魔させて頂きたいと思っておりますので、宜しくお願いします。

SILENT様
エングラーディング商会、これはどのような物を取り扱っているのでしょうか?
ランクの高い、人間飛行機ですね!

YUYA様
建築出身でしたか。私の美大系建築出身に対する偏見で書きましたので、間違っていたらご容赦下さい。

すうちい様
会長に聞いて見ないと分かりませんが、むむむ・・・微妙。

アマデウス様
ナルニア国物語のように、時空を超えられたら、なんと楽しいことでしょうね!

yakko様
そら(空)ぁ、楽しいすよ。お腹の下でタオルをぐるぐる廻せば、結構な高さまで上がることができるんですから。角度を変えると、前進後退もできるのです。しかし、修行が必要なのです。結構、いい運動になります。

sig様
十分です。高度の条件をパスしていますから。
私は、東京タワーになって、東京を跨いでいる夢を見たことがあります。
暢気な奴です。



by アヨアン・イゴカー (2010-03-07 16:59) 

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