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短編小説『管制官』 [短編小説]

2009年12月13日の日曜日に、神宮前にあるKNさんとYGさんのところで、木馬座の集まりがあり、久々に参加。また、私の知らなかった木馬座のことが分かり、幾つかメモをとる。しかし、まだ『劇団木馬座の思い出 補遺』に取り掛かるだけの分量がないので、もう少し時間がかかりそうである。今日も引き続き短編を紹介させて頂く。

2009-11-24 火曜日

管制官

 私の知人には変な奴ばかりなのは先刻承知のこととは思うが、やっぱり今回もその変人の話である。なんだ、また変人かい、などと茶茶を入れてもらっちゃ困っちゃう訳である。シャーロック・ホームズだって、ポアロだって、殺人事件偏執狂なんだから。そういう小説を好きで読むなんて、余程物好きにちがいあるまい。

 電車に乗っていると、たまにではあるが面白い人間を見かけることがある。駅員から少しだけ離れて、白線を指し、入って来る電車と待っている乗客とを見ながら「危険ですから、白線の内側にお下がり下さい!」などと叫んでいるボランティア駅員である。下がらない不届き者がいると「オ、サ、ガ、リ、下さい!」と怒った駅員の声も真似してみせる九官鳥君である。旅行客の訪れる神社仏閣や名所で、ボランティアの案内人がいて、少しでも困った顔をした観光客がいると嬉しそうな顔をして近付いてきた「お困りですか?私でお役に立つことがあれば。」などと声を掛けてくるようなものである。すべからく、こういうボランティアと言うものは他者から必要とされる必要があるのである。誰かが「東京駅では京葉線にどうやって乗り換えるのですか?」などと聞こうものなら、ボランティア駅員は、横で苦い顔をしている駅員が見ていようがそんなことはお構いなく、それこそ鼻の穴を満月のように大きく開けて深呼吸して、喜色満面で、丁寧に馬鹿が三つほどつくほど丁寧に教えてくれることだろう。「あれは、乗換駅と言われて油断してはいけません。一駅分近く歩くんですからね。十分な乗り換え時間を、そう10分くらいを見込んでおかなければいけませんね・・・・」

 どうも脱線ばかりしているようだが、私の話は天動説よろしく、皆一つの話題を地球として、中心として回っているのだ。ご心配無用である。

 さて、私の知人について話をすることにしよう。彼は自慢そうに「煙と何とかは高けえ所がお好き!」と言いながら火の見櫓に登ったり、高層ビルの最上階へ行ったり、海辺では子供達がやっと拵えた砂の城の尖塔の上に立ったり、兎に角自分の重量を以ってその位置エネルギーを最大にしようと常に努めずにはいられない種類の人間だった。どこか高いところはないかと、いつも空ばかり見上げているような奴だったから、人様に頭を下げるなどとは以っての外、子供の頃から社会に出てからも謝ったことが無いのが自慢と言う御馬鹿さんだった。そして一言付言しておかなければならないのは、彼は私の知人であって、友人ではないと言うことだ。この辺の定義は恐ろしく重要である。

 ある夜、私は彼とその友人たちと五人で飲みに行った。行きつけの店なので、付けがきく。私達の一番の酒の肴は議論である。何について議論をするかと言えば、深刻な内容は少なく、大体たわいも無いことが多いのである。この時は一人ずつ自分が他者に対して遥かに凌駕していると思える特技について語ることになった。私が一番目だった。こう答えた。「そんなものがあったら、こんなところで飲んだくれてはいないさ!」すると彼がこう言った。「他者を凌駕する能力と言うものは、誰にでもあると思う。他者と言うのは厳密に全ての他者と言う意味ではなく、最低限複数の他者と言う意味でいいんだよ。誰でも、いずれかの分野では、少しは複数の他者よりも優れた能力を持っているものだと思うよ。」「何を言っているんだ。全てに於いて、自分は劣等だと思っている人間だっているんだ、この俺のように。」と私。「全てに於いて劣等だと思えること自体が、すでに他者と大きく異なり、その異なっていると言う事実が一つの優越性なのだよ。それにだよ、本当にどんな他者よりも劣等であるとしたら、すべての他者に優越感を与えうることになる。それは、非常に稀有な優れた才能、能力だと思うが。大体の人間は、自分が最低だと思うことが出来ず、どっかで変な優越感や選民意識があるものだと思うよ。だから無になることもできず、自己自身を捨てることができない。何も持たないものの力は、真の力だと思う。」と彼。どうも私は、中途半端な優越感を持った、偏見に満ちた人間であることが分かってしまったようだ。

 彼にそのように言われて私は自分の特技について話した。「私が他人に多少自慢できることと言えば、レオナルドのように逆さ文字が書ける事くらいかな?それも比較的速く。」ここで変人会の参加者たちは、やれ逆さ文字が書けるのは人に簡単に読まれなくて便利で凄い、素晴らしい、とか、実に下らない、そんなものが何になるのか、とか両極の議論で盛り上がる。続いて次の人間が特技について話す。誰が何を自慢しても、少しも感動する様子も見せないのが彼だった。

 そして彼の番が来た。「僕はね、実のところ鳥たちの航空管制官なのさ。」「鳥たちの航空管制官?!」私達は異口同音に、半信半疑でそう繰り返した。「まぁ、僕の言うことが本当かどうか、見せてやるから。」随分自信満々だったので、私達は疑うことをやめて、彼のお手並みを見てみることにした。「勘定は次回まとめて一括払いね!じゃぁ、また来ますね。」と肉じゃがの鍋をつついているおいちゃんに言った。

 bird controller.JPGすっかり酔いの回った五人は、ふらつきながら外へ出ると、星が輝き、月も出ている。暫く歩くと人通りが少なくなる。彼は彼方の空を指した。「ほら、あっちの空を見て。雁が編隊を組んで飛んでいる。」酔っ払いたちは、目を擦りながら、その指された方角を見る。鳥の種類は識別できないが、確かに雁行に見えた。「いいかい。僕がこれから空の交通整理をしよう。」と言うと彼は、両手を高く上げて手旗信号を送る要領で手招きをした。すると右手から左手に飛んでいた鳥たちが、私達の方に向かって羽ばたき始めた。彼らが私達の真上に近付いてくると彼は両手を広げた。そうするとなんと鳥たちが左右に別れ、その後は大きく円を別々に描きながら左右で飛んでいる。全く自分の目が信じられない。彼は続いて両手を地面に水平の位置に保った。すると、鳥たちは再び、矩尺の形をして飛び去って行った。私は彼に尋ねる。「これは、雁に対して、どんな雁に対しても同じことが出来るの?」「別に、雁に限ったことじゃない。空を飛んでいる鳥だったらなんだって一緒さ。雀だって、椋鳥だって、鴉だって同じさ。」

 翌日、素面になって思い出してみたが、私はどうしてもあの空で起こった光景が夢のようで信じられなかった。思い出してみると、天動説の説明図にあるような空の書割が、ぱっくり割れて描かれた景色がそのまま方向転換したような、そんな像が浮かんでくるのである。

 彼がボランティア駅員とは異なる水準の持ち主であることは認めざるをえないのである。人間には誰にでも、他者とは異なった傑出した能力が備わっているものなのだと痛感させられる経験だった。


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コメント 9

SAKANAKANE

現実と虚構の境界線の曖昧さが良いですね。
鳥と会話できる能力とか憧れですが、管制にまでは考えが及びませんでした。
『劇団木馬座の思い出 補遺』も、いつの日か楽しみにしております。
by SAKANAKANE (2009-12-20 07:38) 

ナカムラ

ちょっとニュアンスが異なりますが、宮沢賢治を思いながら読ませていただきました。
by ナカムラ (2009-12-20 11:06) 

yakko

こんにちは。
スゴイ能力ですね〜 これって、ほんと???
by yakko (2009-12-20 14:55) 

duke

モーゼですか!?
by duke (2009-12-20 16:01) 

sig

こんばんは。
鳥の管制官とは面白いですね。
彼はきっと、水中の魚や、陸上のアリの行列なども管制できるのかもしれませんね。
なぜなら、空の管制が一番難しく思えるからです。
by sig (2009-12-20 17:37) 

アマデウス

エベレストの頂上に立ってアネハヅル、アコンカグアの頂上で
アンデスコンドルの管制をしている夢をみさせて頂きます☆
by アマデウス (2009-12-20 21:29) 

YUYA

不思議な話ですね。
でも、アヨアンさんが言うと、
信じようかという気になってしまいます。
by YUYA (2009-12-20 22:27) 

アヨアン・イゴカー

扶侶夢舎様、ムネタロウ様、はっこう様、SAKANAKANE様、くーぷらん様、mitu様、kurakichi様、ジョン様、kakasisannpo様、ナカムラ様、takemovies様、doudesyo様、yoku様、lamer様、mimimomo様、もめてる様、空楽様、旅爺さん様、+k様、aranjues様、yakko様、よっちゃん様、さとふみ様、duke様、くらま様、SILENT様、アリスとテレス様、sig様、るる様、sak様、shin様、アマデウス様、chee様、mouse1948様、gyaro様、YUYA様、optimist様、ゆきねこ様、ChinchikoPapa様、うに様、yukitan様、toshi様、moz様、畑の帽子様、ぽんぽちぽちぽち様、えれあ様、Mineosaurus様、kaoru様、青い鳥様、ララアント様、ひろきん様、ミモザ様 皆様 nice有難うございます。
by アヨアン・イゴカー (2009-12-23 17:17) 

アヨアン・イゴカー

SAKANAKANE様
現実と虚構。それが区別できなくなればなるほど、よいのかもしれません。
木馬座の思い出は、当時つけていた貧弱な内容の手帳、レポート用紙を整理しながらの作業になるかもしれません。

ナカムラ様
宮沢賢治の作品は、私の体に染み付いているかもしれません。

yakko様
そこは、勿論、物語ですから・・・

duke様
「モーセ手を海の上に伸べければエホバ夜もすがら強き東風をもて海を退かしめ、海をくがとなしたまひて、水遂に分かれたり」
『十戒』と言う映画で、この場面がありました。

sig様
本来はどうにもできないものを、自分の意のままに操ってみたいと考えるのは、人間の性でしょうか。虫や魚も自由に操れたら、それは楽しいでしょうね。

アマデウス様
ヒマラヤ山脈やアンデス山脈の高峰の頂上で渡り鳥を操る!なんとロマンチックなことでしょう!眼の前に、光景が浮かびます。

YUYA様
私には獏のような性質があつものですから。
by アヨアン・イゴカー (2009-12-23 17:44) 

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