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短編小説『傘の反乱』 [短編小説]

傘の反乱                  2009/11/17火曜日-11/19木曜日

 あの日私は、少しだけ朝寝坊をした。前日に海外のブログやらホームページを見ていたりしたためである。何を検索していたかと言うと、宇宙筏を作ろうと思って、その概念に近いものを誰かが先駆けて研究していないかどうか、もし既に存在しているのであれば、材料費を知ることができるかどうか。宇宙筏は宇宙空間を漂うことのできる優れものなのだ。自分で作図しているだけでも興奮してしまう。

 私の寝室は二階にある。なんだか外が騒々しい。カタカタ、カタカタあるいはバサバサ、バサバサあるいはトントントントンと言う音が聞こえてくる。カラスたちが集会でも開いているのだろうか。私は急いで洗面所へ行き顔を洗うと窓の方へ行く。

 umbrellas.JPGカーテンを開けて私が窓外に見たものは奇妙なものだった。そこいら一面に傘がいるのだった。これは、物としての傘が放置されている、置いてあるのではなく、明らかに傘たちがいるのである。それらはどうみてもバスティーユの監獄に集まったフランスの人民達あるいは市民軍と言った様子である。或いはミロシェビッチ大統領の退陣を求めてベオグラードに集結したユーゴスラビア民衆を思い出させずにはいられなかった。傘の種類はそれこそ千差万別で、折りたたみもあれば。ワンタッチもあれば、安っぽいビニール傘、ビーチパラソル、日傘、唐傘。どさくさに紛れてヤブレガサやら蕗の葉までもが、傘たちと一緒になって家の周りや道路に溢れている。開いたり閉じたりしているのもあれば、ピルエットをしているものもある。タップダンスしているものもあれば、リンボウダンスをしているものもある。ブレークダンスをしているものがあれば日本舞踊を舞っているようなものもいる。空中を飛んでいる奴がいれば、走り回っているものもいる。綱渡りをしているもの、逆立ちをしているもの、トンボを切っているもの。同じ柄の十本が合唱しているかと思えば、ヨガの行者よろしく瞑想しているものもある。香具師のように啖呵を切っているものがあれば、ハイドパークで演説するバーナードショーのように、蜜柑箱の上に立って皆を見下ろして何かを訴えるかのように演説しているものもいる。それらの傘の群集の中を、一列縦隊になって偉そうに威儀を正して行進している赤い傘も見える。

 これだけの傘を見たのは初めてだった。私はふと私の折り畳み傘が鞄の中に入っているかどうか気になった。急いで鞄の所へ行き開けてみると、彼は何事もなかったかのようにしっかりと鞄の底で眠っている。玄関の傘立を調べてみるが、やはり何の変化もない。

 再び窓のところに戻る。やっぱり、これが傘たちの暴動なのか、或いはカーニバルなのかさっぱり分からない。傘たちの興奮は収まる気配か見えない。傘同士はぶつかったり、或いは壁や電柱やらに柄や切先をぶつけている。彼らの意図がまるで推測できない。ふざけあっているのか、小競り合いしているのか。

 

 暫く見ていたが、大きな変化もなさそうなので、私は一旦窓から離れて台所へ行き湯を沸かして、新聞受けに朝刊を取りに行く。外から投函すると内側から取れる型なのだが、扉の外では例のカタカタ、コトコト、バサバサと言う音がしている。

 新聞の一面に目をやると、傘の反乱と言う文字が見出しになっている。と言うことは傘の反乱は私の幻覚ではなかったことになる。私は最早新聞をまともに読んでいる気分にはならなかった。生き物ではない筈の傘たちが、生き物として反乱を起しているのだった。猿や猫やカラスなどを出し抜いて、傘たちが先に人間に対して牙を向いているのだった。

 こんな時にこそ冷静にならなければならない。私はピーっと音を立て始めた薬缶の所へ行き、珈琲を淹れた。深呼吸をしてみる。頬を抓ってみる。やっぱり痛い。すると大分落ち着いてきた。インターネットで調べてみようと電源を入れてみるが、ネットには繋がらない。必要なものが肝心要の時に使えないのが、マーフィーの法則で知ってはいたのだが。まさかの時に使えないのが非常用品なのだ。テレビは持っていないので、こうなったら友人に電話を掛けてみよう、と電話するが、留守電。警察に電話をしてみるが、私が傘が踊ったり飛んだりしていると言う状況を説明し始めると「今、忙しいので!」と言って切られてしまった。人間は自分の知っていること、体験したこと以外のことについては、見事に無知を誇ることができるものなのだ。ある現象が現前していても、言下に否定して、自身の愚昧さを高らかに宣言できるのだ。「俺の知る限り、そんなことは起こった例がないし、未来永劫起こる筈がない!」と言って。

 腹を立てているだけでも面白いこともなかろうと、私は朝食を食べることにした。トースト二枚、マーガリンとマーマレードをたっぷり塗る。ゆで卵、トマトサラダ、それにインスタントのコーンポタージュだ。

 食べ終わると気持ちが大分落ち着いてきた。もう一度窓際へ行って外を見ると、傘たちは先ほどの狂乱ぶりはどこへやら、なんだか大人しくなっている。

 私は階下へ行き、扉をゆっくりと開けてみる。傘たちはまるでゴキブリの集団のように、カサカサと茂みや物陰に隠れる。私は静かに外へ出てみる。傘の姿が見えない。あれだけ集まっていた傘たちが、私という人間の出現に恐れをなしたのか、蜘蛛の子を散らしたようにいなくなり、私は何もいない空間を眺めているばかりである。

 食卓の上に放り投げておいた朝刊の文字をもう一度見ると「陣笠の反乱」と書いてあった。何だ、政治の話題か、と思う。すっかり寛いでしまった。ソファーに身を投げ出して、あの緊張感は何だったのかと考えたりした。きっと、ルイ十六世なども、民衆の怒りを前に、私が今日体験したことを味わったに違いない。

 umbrellas in revolt.JPG二階から何かが降りて来る。歩き方は人間ではない。なんだろうと階段の方を見ると、私の鞄が体を引き摺るように降りて来る。それはあたかも目的地があるように、どんどん玄関の方へ進んでゆく。傘ではなく、今度は鞄の反乱なのか?傘置き場のワンタッチ傘の動きがなんだか怪しい。動き出そうともがいているように見える。先ほどまでは動いていなかったのに。鞄のチャックが無理やりに開けられるように、音を立てて開いた。怒気に満ちた折り畳み傘が飛び出してきた。そしてワンタッチ傘に少し触れた。そうするとまるでエネルギーを補給されたロボットのように、ワンタッチ傘も踊り始め、大きく左右に揺れながら玄関の方へ行く。カチャカチャ、ゴツンゴツンと、何かをしようとしている。どうも扉を開けようとしているようである。

 と次の瞬間、扉が開けられ、狂った傘たちが家の中へ飛び込んできた。その数は夥しく、とても私一人では防げるものではなかった。彼らは私を目がけて飛んでくるやら、転がってくるやら。喩えて言えば、五十匹の野犬に囲まれたような恐怖である。傘たちは吠えたりはしないが、開いたり閉じたり、くるくる回転したり、切先が私の目を突こうとしたりしたので、頭を左に傾けた。そうしたら後頭部を思いっきり柄で殴られた。

 私が倒れるとその上に次々に傘たちが覆いかぶさった。彼らは口々に叫んでいるようだった。「天は暗く、大地は明るい!」私の上に傘の地層が出来上がっていった。私は諦めて、最下層の地層になる覚悟をした。重さが加わって、呼吸が出来ないほどになった時、気を失った。

 あれからどれだけの時間が流れたのだろう。私の意識が戻った時、手や腕や脚や腹は、痣だらけになっていた。その痕が傘たちの反乱の証拠であるのだが、未だに私の話を信じてくれる御仁が現れないのである。
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コメント 7

SILENT

こうもり傘の一生を書いた詩人の事が思い浮かびましたが
どうしてもその詩を憶いだせないのですが
谷川俊太郎の若い頃の詩であったか
by SILENT (2009-12-05 23:07) 

ナカムラ

傘の反乱の情景はどんなだろうかとイメージしてしまいますが、本当にみたらどんなだろうかと・・・。恐ろしいような。
by ナカムラ (2009-12-06 00:13) 

青い鳥

今回も楽しく読ませていただきました。
JRの忘れ物として一番多いのが傘ですとか、
反乱をおこしても不思議ありませんね。
by 青い鳥 (2009-12-06 18:54) 

SAKANAKANE

染之助・染太郎の芸を実演してくれたら楽しいでしょうね。
天敵はやはり台風でしょうか?
by SAKANAKANE (2009-12-09 21:27) 

アヨアン・イゴカー

SILENT様、くらま様、はっこう様、ナカムラ様、kurakichi様、ChinchikoPapa様、ムク様、KEMU様、gyaro様、アマデウス様、pace様、takemovies様、さとふみ様、kaoru様、mitu様、mimimomo様、スー様、くーぷらん様、よっちゃん様、kakasisannpo様、もめてる様、えれあ様、sak様、アリスとテレス様、青い鳥様、Mineosaurus様、yoku様、サチ様、ひろきん様、yukitan様、optimist様、yann様、swingboys様、ムネタロウ様、Nyandam様、sig様、ゆきねこ様、チョコシナモン様、yk2様、畑の帽子様、SAKANAKANE様、+k様、野うさぎ様、yakko様、ミモザ様
皆様、いつもnice有難うございます。
by アヨアン・イゴカー (2009-12-12 22:32) 

アヨアン・イゴカー

SILENT様
こうもり傘の一生?そのような詩を書いた人がいるのですね。
そういえば、中学生の頃でしたか、雨の日に人間が持っている傘達が傘同士挨拶する話を書きたいと思ったことがありました。

ナカムラ様
ヒチコックの「鳥」のような映像にしたら、結構恐いでしょうね。

青い鳥様
最近は、傘の値段も下がってしまったので、消耗品のように簡単に考えられているのでしょうね。ちなみに、私は傘を、仮令ビニール傘でも大切に保管しています。そして、母に買ってもらった8000円もした傘を、数回使っただけで、会社の傘置き場に置いておいたのに盗まれたこともあります。
合計、傘は4本以上盗まれました。

SAKANAKANE様
染太郎、染之助は思いつきませんでした。そういう登場人物がでてきても面白いかもしれません。
或いは、傘の反乱の終息要因として台風が吹くのも、好いですね。


by アヨアン・イゴカー (2009-12-12 22:43) 

アヨアン・イゴカー

doudesyo様、扶侶夢舎様 nice有難うございます。
by アヨアン・イゴカー (2009-12-14 00:47) 

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