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短編小説『帆立貝牧場』 [短編小説]

今日も昨日に引き続いて短編小説の公開。私は文章を書くと絵が止まり、絵を描いている時は文章は書かないようである。但し、詩は別で、詩は絵を描きながらでも作曲をしながらでも書く。いずれにせよ、文章モードになっている私であるが、流石に連休となると心も落ち着き、挿絵を描く気になってくる。

2009-11-4水曜日

帆立貝牧場

 ある港町の安酒場に行った時のことだ。昼間っから私はウィスキーとウォッカを呷っていた。何しろ、突然吹き始めた北風が襟から袖口からズボンの裾から入り込んで来たので、体中がまるで冷蔵庫のジャガイモのように芯から冷え切ってしまったからだ。同じように思った輩がこの狭い場所に犇いていた。中には勿論、牛男、馬男、それに魚人間もいる。その中で最も胡散臭い奴の隣に坐った。

 彼の姿は吹き出したくなるようだった。道化帽、あの人手の先っぽに鈴を付けた奴さ、を被っている。ゴムの長靴、それだって膝上までの長い奴、を履いて、その長靴には大きすぎるほどの拍車が付いているのだった。ダブダブのチョッキには、ブリキ製の星形バッジ。どうみても、僕は保安官です、と宣言しているような出で立ちだった。

shellfishboy.JPG「寒いですな、突然。」

まるで笑いながら喋っているように、あるいは海月が喋るような声で「寒いやね、全く。」と彼は答えた。愛想は別段悪くはないことが分かった。

「見るからに、カーボーイですな。」と私が言うと、そのカワハギのような顔を皺だらけにして喜んで「やはり、お分かりですな。御目が高い!まぁ、一杯ぐっといきやしょう!」などと言う。私は無論冷やかしでそう言ったのだったが。「ということは、牛を追って屠殺所まで連れて行くんですね。途中、痩せさせたり怪我をさせない様に細心の注意を払いながら。」私はテレビで昔見たことのなる『ローハイド』を思い出しながら聞いてみる。

「うんにゃ、そうじゃねぇ!おいらのやっているのは、帆立貝牧場の貝ボーイさ。」

この答えで、彼が磯の臭いがする理由が分かった。「貝ボーイ?!貝ボーイね。貝をどこかへ移動するんですか?」

「まぁ、そんなもんさ。」

 結局、私はこの日彼と夕方まで話し込んだ。彼が是非にと言うので、翌日彼が仕事をする姿を見せて貰うことになった。

 

 次の日は、まるで打って変わって、快晴となった。太陽が煌いていて、汗ばむくらいである。私は彼について牧場へ行った。火成岩の塊があちこちにある、水の透明な場所だった。私は、潜水服を借りての見物である。彼は流石に慣れていて素晴らしく、アクアラングを付けずに、巨大な帆立貝を追い回している。その姿はいかにも海のカウボーイだった。彼は大きなタツノオトシゴに跨って動き回るのだ。帆立貝には例の大きな拍車を近づけると、貝は慌てて水を勢い好く噴射して逃げ回るのである。拍車と思ったのは、ご想像通り人手(下記注)だったのだ。

「それ、やれ!もっと帆立貝を追い込め!」と私は調子に乗って、掛け声を連発する。奴さんもいよいよ得意そうに、貝たちを別の放牧場へ追い立てる。実にその姿は力強い。あいつのどこにあんな力が潜んでいたのだろう。人間と言うものは外見で判断してはならないなぁ、とつくづく思う。私は、岩に腰掛け海中に降り注いでくる緑色の太陽の光を見上げていた。なんと美しい世界だろう。そして、なんと雄雄しい仕事だろう、と。

 次の瞬間、私は何かが私の体に巻きつくのを感じた。柔らかく私を包み込むような。その触手のようなものの先を見ると、あの貝ボーイがどこから出してきたか、彼の体から手を伸ばしている。口からは涎を流しながら。私は慌てて近くにあった磯巾着をもぎ取ってあいつのアノマロカリスのような口の中に押し込んでやった。そうしたら、相当に不味かったらしく、舌を捩って出して苦しがっている。私はあいつの汚らしい触手を振りほどいて、海上に出た。だから、多分命からがら逃げたことになるのだろう。

 しかし、今もって、私は彼が単に私に好意を持っただけなのか、それとも食料として摂取しようとしていたのかが分からないのである。

注)この人手が帆立貝の天敵であることを教えて下さったのが、SAKANAKANEさんのブログでした。SAKANAKANE様、有難うございました。早速、このネタを使わせて頂きました。


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コメント 7

ナカムラ

話は直接には関係ありませんが、オホーツク海沿岸でほたて貝の身の化石を拾ったことがあります。めのう化していました。
by ナカムラ (2009-11-23 18:43) 

アマデウス

「帆立貝牧場」のカウボーイならぬ「貝ボーイ」、アノマロカリスの様な口、、、
愉快です☆想像が膨らみます!
by アマデウス (2009-11-27 09:07) 

SAKANAKANE

最後に私の名前が出て来て、ビックリしました!
挿絵がとっても良いですね。
タツノオトシゴの仲間で大きなモノに、オオウミウマ(大海馬)と云うのが居るんですが、それに騎乗するという発想が愉快ですね。
好意を持つコトと、食欲をそそられるコトが、彼にとっては同義語なのかも知れませんね。
by SAKANAKANE (2009-11-29 02:00) 

アヨアン・イゴカー

Bin様、lamer様、ひろきん様、ナカムラ様、はっこう様、kurakichi様、mitu様、sak様、Mineosaurus様、orange-beco様、くらま様、optimist様、ムク様、KEMU様、スー様、kaoru様、ゆきねこ様、kuni様、siroyagi様、うに様、aranjues様、doudesyo様、dayanday様、空楽様、mimimomo様、よっちゃん様、yukitan様、gyaro様、アリスとテレス様、にこちゃん様、flutist様、schnitzer様、shin様、クンツ様、ぴっぴ様、もめてる様、+k様、yakko様、miffy様、ララアント様、かりん様、さとふみ様、kakasisannpo様、チョコシナモン様、リュカ様、ミモザ様、アマデウス様、yoku様、pace様、moz様、zak様、SAKANAKANE様、にすけん様
皆様 nice有難うございます。
by アヨアン・イゴカー (2009-11-30 01:32) 

アヨアン・イゴカー

ナカムラ様
帆立貝の化石が瑪瑙化?それだけで、なんだか随分ロマンチックですね。

アマデウス様
私、アノマノカリス、とても好きです。現在生きている生き物からは想像出来ない形ですね、アノマロカリスは。

SAKANAKANE様
>オオウミウマ(大海馬)と云うのが居る
そうなのですか。また、勉強になりました。
食べたいほど好きになる、と言うのもあるとは思いますが、それは美しい異性にお願いしたいものです。
by アヨアン・イゴカー (2009-11-30 01:38) 

YUYA

吹き出したくなる姿、
ほんとにそうですね!
たのしいです。
by YUYA (2009-12-05 22:56) 

アヨアン・イゴカー

ChinchikoPapa様、SILENT様、えれあ様、sig様、YUYA様、lapis様 nice有難うございます。

YUYA様
諧謔が分かって頂けて嬉しいです。
by アヨアン・イゴカー (2009-12-06 01:31) 

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