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響け、土の歌声 [短編小説]

このところ極短い短編小説を連続して5、6つほど書いている。書きかけの物も三つある。『栗の里の愉快な女房』の短編も既に書いてあるが、不条理ものの作品を先に公開しているので、もう少ししたら公開することになると思う。

響け、土の歌声   2009-11-11 水曜日

 私の知り合いに指揮者がいる。彼は頭の天辺の髪が薄く、その円形の空地から暖簾のような長めの髪が垂れている。彼は私にいつも自慢気に言うのだった。

「僕にはねぇ、大地のオーケストラ、合唱団がいるのさ。」

「大地のオーケストラ?」

「そうさ。大地のオーケストラと言っても、土笛とか石笛とか、カリンバとかディジュリドゥとかではないんだ。」

「民族音楽では無い訳だね。」

「そう。ミミズとか団子虫とかゲジゲジ、蟻、百足、そう言った地面の上や地中を這い回っている方々の歌声なのだ。」

全く見当がつかなかったので、私は新聞記者よろしく聞いてみた。

「それで、どうやってオーケストラにするの?」

「付いてきてご覧。」と言って彼は、彼の家の庭の片隅にあるコンサートホールに案内してくれた。薄暗い茂みの近くに柵がしてある。その柵はその演奏家達の種類ごとに分けてある。ミミズは第一バイオリンと第二バイオリンの括りに入れられている。団子虫たちはビオラ、百足はチェロ、蟻達は木管楽器、ゲジゲジたちは金管楽器、など。

「このオーケストラはどうやって音楽を作るの?」

Armadillidium vulgare.JPG「実はね、この虫達には、一匹ずつに対応したカメラが用意されていて、その動きを追うんだ。独奏楽器はちょっと別だが、その動きを合成して一つの音型、音色を作り出すようになっているんだ。」

「とすると、音は彼らに任せている訳?」

「そうではなくて、僕が音程は作り出しているんだ。速度もね。まぁ、指揮者兼作曲家だからね。ちょっとやってみせよう。」

 彼はどう見ても決して清潔感はない。着古しの上着は袖口や襟の糸がほつれているし、革靴の踵も磨り減っている。柄シャツもアイロンがかかっていないので皺だらけだし、髭だって剃り残しがあるし、兎に角、電車の座席では隣に坐って欲しくない姿をしている。

 彼は、折れた木の枝で作った指揮棒を手にすると、指揮者がオーケストラを前にしてやるように柵の縁を軽く叩いて、開始の合図を送る。彼はじっとミミズの一匹を見ていた。そして突然音楽が始まった。それは本物のオーケストラのようだった。しかし、一度も聞いたことの無い音楽であり、何がその響きを作り出しているかは分からなかった。指揮棒を振っている彼は実に輝いて見えた。まるでフォン・カラヤンかカルロス・クライバーかのように。

 暫くして音が止まり、静寂が訪れた時、私は尋ねた。

「一匹のミミズを見ていたでしょう?」

「あぁ、彼が今宵のコンサートマスターなのさ。人間のオーケストラと違って、どんな音楽にするかで、その曲のコンサートマスターを決めるんだ。」

「と言うことは、即興曲なんだね?」

「そう。しかし、あらかじめプログラミングして調整してあるので、そんなに予測できない音楽でもないんだ。この音楽は即興七割、作曲三割位だろうか。僕は、単なる即興はあまり好きではない。」

「それにしても、低音の響き、打楽器の音、木管、金管、どれもそれなりの音がしていたね。」

「生音源をデータ化したものを音源にして、虫達の動きに合わせて再生させている訳さ。口で言うほど単純ではないけれど。」

「難しそうだね。」

「まぁね。」得意そうに彼は言った。「今日はコンチェルトをやらなかったけれど、特別の奏者として、月並みだけど蝶々とかキリギリスとかを招待することもあるんだ。」

「どんな曲になるの?」

「奴さんたちの気分で、気分があるとすればだがね、随分変化に富んだ音楽になる。予想をしばしば裏切ってくれる。偶成音楽のような類の物とは大分違った、ちゃんと魂のある音楽だ。」

 私はアンコールを所望した。彼は迷惑そうな、それでいてやはり嬉しそうな顔をして、

「アンコール?!仕方ないな。じゃ、ちょっと軽めの奴を。」と言って、今度は蟻の一匹を見つめていた。暫くの静けさの後、軽快な音楽が始まった。Allegro giocosoとでも呼びたいような音である。愉快、愉快。そして直ぐにクライマックスになり、最後はティンパニの連打で終わった。

「ブラボーっ!ブラブラブラボーッ!それにしても実に愉快だねぇ、痛快だねぇ。どうやったらこんな音楽になるのやら。題名は?」

「君が愉快に感じたのだから『愉快な新聞配達』でいいんじゃない?」

「そんなにいい加減につけちゃうの、題名?」

「君、土台即興曲に一々名前なんかつけなくたっていいんだよ。でも『愉快な新聞配達』って悪くない題名だよ。」

 

 この時から、私は彼の大地のオーケストラの常連客となった。定期演奏会は年に数回しかない。だから興味のある方は私のところまで手紙を送って下されば、招待状をお送りしましょう。


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コメント 18

YUYA

楽しく読ませていただきました。音楽は興味深いです。動きやカタチから音楽ができるという発想面白いです。
ぼくがいつも絵をつくっていて考えるのは「音を絵にする」ことです。永遠のテーマかもしれません。
by YUYA (2009-11-15 22:34) 

sig

こんばんは。
とても楽しいお話ですね。
これを読んで「テルミン」って楽器? シンセ? を思い出しました。
あれは人のいろいろなしぐさに反応して音を奏でるわけですが、
虫たちの動きが作り出す音って、聞いてみたくなりました。
by sig (2009-11-15 23:23) 

SILENT

風の谷のナウシカの
オームを連想しました
ダンゴムシの脚の動きでハープを演奏させたら
楽しい曲が聴けそうですね
今回も楽しんで読ませていただきました
by SILENT (2009-11-16 07:52) 

mimimomo

おはようございます^^
どうもわたくしの頭は柔軟性が足りなくて~(--;
by mimimomo (2009-11-16 09:47) 

くまら

多足な虫たちの演奏会って見てみたいかも^^
by くまら (2009-11-16 09:51) 

くーぷらん

面白かったです。
by くーぷらん (2009-11-16 12:32) 

ナカムラ

面白かったです。昔、抽象絵画を楽譜にしてある作曲家の方がピアノ演奏をギャラリーで行ったのを聞いたことがありますが・・・思い出しました。
by ナカムラ (2009-11-16 18:29) 

orange-beco

本当にこういう音楽ができるかも!と思いました。
音楽による自然描写があるのだから、逆も有でしょうね。
by orange-beco (2009-11-16 20:53) 

にすけん

 カリンバにディジュリドゥとはまたマニアックな楽器を…と笑いつつ読み進めましたが、そのあと真剣に唸りました。
 アドリブ比率やプログラミング介入の文章表現、空想に沿ってただ語彙をちりばめただけでは、こうは行きません。た、ただモノではないなと。
 素晴らしいです。
by にすけん (2009-11-18 00:16) 

すうちい

おー、偉大なミミズ!~~~~~
by すうちい (2009-11-18 16:00) 

yakko

お早うございます。
素晴らしい発想ですね〜 楽しいですね〜 (*^_^*)
by yakko (2009-11-19 09:20) 

yoku

楽しいオーケストラですね。こんなオーケストラなら拝聴したいです。
アヨアン・イゴカーさんの想像力には脱帽です。
by yoku (2009-11-19 10:44) 

アマデウス

愉快・痛快ですね!
≪大地のオーケストラ≫是非共招待状が頂きたいです☆
by アマデウス (2009-11-20 07:39) 

いっぷく

発想が愉快ですね、音を聴いてみたくなりますね。
by いっぷく (2009-11-20 20:13) 

アヨアン・イゴカー

YUYA様、yukitan様、sig様、flutist様、kurakichi様、さとふみ様、mitu様、旅爺さん様、Mineosaurus様、mimimomo様、くらま様、takemovies様、はっこう様、Chinchiko-Papa様、チョコシナモン様、くーぷらん様、ビアンカ様、pace様、gyaro様、もめてる様、zenijimaru様、ナカムラ様、miffy様、Krause様、+k様、アリスとテレス様、orange-beco様、optimist様、lapis様、スー様、かりん様、ムネタロウ様、リュカ様、c-d-m様、schnitzer様、kaoru様、toraneko-tora様、タケル様、えれあ様、青い鳥様、yk2様、doudesyo様、sak様、にすけん様、すうちい様、yakko様、lamer様、yoku様、アマデウス様、サチ様、よっちゃん様、いっぷく様、ばん様、ぼんぼちぼちぼち様、扶侶夢舎様、HAL様、sakikop様
皆様 nice有難うございます。
by アヨアン・イゴカー (2009-11-23 00:24) 

アヨアン・イゴカー

YUYA様
音楽と絵、絵と音楽。或いは詩と音楽、絵と詩。音楽と踊り、詩と踊り、絵画と踊り。芸術には共通するものがあると思います。

sig様
テルミンは確かに、手の向きや形で音が変わりますね。テルミンを習いに行っている音大卒の人がいました。

SILENT様
団子虫の足でハープの演奏!素晴らしいでしょうね、繊細は、複雑な音を奏でてくれそうです。

mimimomo様
こういうのは、思いつきで書いています。私は柔軟すぎるのか、話が飛ぶので、何を言いたいのか分からないと言われることもあります。

くらま様
あの多足の生き物が、ざわざわ紙の上を歩く音、恐いですね。でも、音楽になったら結構面白いかもしれません。

くーぷらん様
お気に召して嬉しいです。

ナカムラ様
抽象絵画を楽譜に・・・と言うのは、パフォーマンスとしては面白いかもしれませんね。音楽としては分かりませんが。

orange-beco様
数学の得意な人なら、実際に演奏させることができると思います。
不確定性の魅力が特徴になるかもしれません。

にすけん様
有難うございます。
百足の足の動きやミミズの反転の規則性などを考えると、新しい音楽のヒントがあるかもしれないと思います。

すうちい様
そうなのです。偉大なミミズ様が、ここでも大活躍するのであります。

yakko様
「あれ、マツムシが鳴いている・・・」と言う歌がありますが、なんだか楽しくなってきます。私は、地面を這いずり回っている生き物たちが偉大だと思っているものですから。

yoku様
地面の生き物達が音楽を奏でたりしたら、愉快です。
私はたまに土を穿り返して、中にいる虫達を観察することがあります。

アマデウス様
招待状をお送りしたいところなのですが、指揮者の頭に屋根が落ちてきて、彼大怪我してしまったんです。入院中です。暫く、演奏会は出来そうも無いと言っていました。まったく、油断も隙もありゃしない、屋根の奴め!

いっぷく様
虫たちの音楽ですから、不協和音も沢山ありそうです。勿論、ロマンチックな旋律もあるでしょうし。
by アヨアン・イゴカー (2009-11-23 00:59) 

SAKANAKANE

作曲もなさるアヨアン・イゴカーさんならではの話しですね。
妙にリアリティーが有って、実際に出来そうな気もして来ます。
私も、ゼヒ聴いてみたいです♪
by SAKANAKANE (2009-11-29 01:35) 

アヨアン・イゴカー

ゆきねこ様、ピッピ様、ララアント様、SAKANAKANE様
nice有難うございます。

SAKANAKANE様
私も、実は、これは道具があれば出来そうな気がしています。
いずれにせよ、私は大地の中や地上を這い回っている生きている生物が好きなので、それは土壌を作ってくれるので感謝の意も込めてなのですが、彼らのことを話しにしたかったのです。
by アヨアン・イゴカー (2009-11-29 22:21) 

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