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屋根戦争 [短編小説]

屋根戦争 2009113日火曜日

 

 俺は自他共に認めるところの平和主義者である。平和的であるべき宗教の対立など、言うまでもなく、文化の衝突だって避けねばならないと考えている位だ。甲虫たちが橡の木の洞で樹液を舐めようと争っていたので、喧嘩両成敗だとばかり、両方とも地面に落としてやったこともある。バーゲン会場で女達がワゴンに群がっていた時も、醜い争いをなくしてやろうとワゴンを横倒しにしてやったら、店員に追いかけられてつかまりそうになった。やっとのことで逃げおおせた。あの時は、マサイ族の神聖な儀式を冒涜して追いかけられる悪夢のように、肝を冷やした。

 ボクシングやラグビーと言った野蛮なスポーツは大嫌いで、テレビで試合が放送されていると、ハンマーでテレビを壊したくなるほどだ。しかし、残念ながら俺がこれほどの平和主義者であることは、理解してもらえないのだ。

 ところで、俺には一つの能力があり、これは誰でもが持っているものではないようである。体は地上にありながら魂が空中にあり、魂が下界の景色を俯瞰することが出来るのだ。そんなことを自慢したところで、誰も俺に文化勲章をくれはしないのだが。尤も、欲しいなどとも金輪際思わない。

 そう言えば、一年前にこんなことがあった。上野動物園へ遊びに行った時のことだ。(大の大人が動物園に?などと余計な茶茶は入れないように。)俺は河馬が好きなので、河馬のいるところへ行った。奴さん暢気に水に浸かっている。思うに、河馬の好きな人間は、暢気な性格なのだ。あの汚らしい水の中にいて、鼻腔と目と耳を出して周囲を見回している姿は、実に和むではないか。奴さんがあの巨大な口を開けて歯石だらけの牙を見せた時、俺の背後で何か軋むような音がした。あぁ、しかし時既に遅しだったのさ。宣戦布告が一方的になされていたのだから、どうにも仕方がない。俺にとってのパールハーバーさ。つまり、俺の頭目がけて屋根が崩れ落ちてきたのだ。どうして屋根がとは、ここでは問うてくれるな、おつっつぁん。

 anger.JPG屋根と言う奴は、頗る凶暴である。その凶暴さは、あの猛きベンガル虎やサーベルタイガー、タスマニアンデビルにも匹敵すると言う。強かに後頭部を殴られた俺は、実は相手が屋根だったのか、はたまたヤドリギの種の入った椋鳥の糞だったか、咄嗟には判断できなかった。しかし、その一撃でうつ伏せに倒された俺が見たのは、確かに屋根の影だった。法隆寺とか東大寺とかの、あんな立派な瓦屋根じゃない。もっと安っぽいシングル葺きの屋根さ。してやったりの顔をして笑っているのが、その歪んで揺れている影から見て取れた。

 向こうが攻撃してきたので、黙っている訳にもゆかず、反撃開始さ。こういう時に、例の俺の特技が役に立つっていう訳よ。俺は自分の日本国東京都に於ける絶対的な地理上の位置を確認して、屋根の後頭部に狙いを定めて、ハンマーで思いっきり殴りつけてやった。奴さん驚いたのなんのって、眼窩からそれこそ、滝のように冷や汗と火花を飛ばしてね。土台人間が屋根に対して反撃しうると言うことを想定していないのだから。彼の自尊心は痛く傷つけられただろうから、百年後に瓦の葺き替えが行われる時まで、しっかりとトラウマとして残っていることは請け合いさ。読んでいて変だと感じた諸君は、俺の話をしっかり追いかけてくれている証拠だ。なにしろ俺は瓦葺ではなく、安っぽいシングル葺きの屋根だと明言しているのだからな。はっはっは!と笑っていたら、次の瞬間、何か強烈な爆風のようなものを正面から受けて気を失ってしまった。惨めなもんよ。あいつが、ダイナマイトを俺の目の前で爆発させたのだった。汚ぇぞ!武器を使うたぁ。

 あれが俺と屋根との間の戦争の始まりだったね。平和主義者でおっとり者の俺だったのに、この戦争だけは面白くって止められねぇ。

(今回はどうしても挿絵が描けなかったので、8年前に描いた絵にしておきます。)


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コメント 10

SILENT

屋根戰面白そうな戦いですね
勝って来るどと勇ましく
進軍マーチが聞こえてきました。
by SILENT (2009-11-08 17:13) 

いっぷく

平和主義者もはたから見ているとおもしろいです。
平和主義を通すために戦っているんですね。
けっこうこういう読み物は私好みです。
by いっぷく (2009-11-10 23:28) 

yakko

お早うございます。
楽しいお話でした・・・f(^ー^;
by yakko (2009-11-11 09:17) 

sig

いつもながら奇想天外なお話ですね。
自由自在に発想できる柔軟さがうらやましいです。
by sig (2009-11-11 11:09) 

YUYA

笑ってしまいました。
さじ加減がほどよくて、とても楽しいです。
by YUYA (2009-11-11 21:29) 

アマデウス

痛快で大いに考えさせられる短編ですね☆
屋根は「文化・宗教・風俗」を表していると理解しました☆
by アマデウス (2009-11-13 07:33) 

ビアンカ

ご訪問 & nice ありがとうございました。
お時間がありましたら、遊びに来て下さい。
by ビアンカ (2009-11-14 16:47) 

SAKANAKANE

平和主義の好戦家?、愉快ですね。
狩猟が趣味のベジタリアンみたいなモノでしょうか?
話を追いかけないコトが、楽しむコツですね。(笑)
by SAKANAKANE (2009-11-14 20:00) 

アヨアン・イゴカー

アリスとテレス様、gyaro様、takemovies様、Krause様、もめてる様、orange-beco様、スー様、ムク様、mimimomo様、旅爺さん様、mitu様、はっこう様、kakasisannpo様、えれあ様、さとふみ様、ゆきねこ様、ほりけん様、olive様、くらま様、Bin様、kurakichi様、flutist様、Chinchiko-Papa様、pace様、ナカムラ様、空楽様、kaoru様、zenjimaru様、かりん様、の様、toraneko-tora様、野うさぎ様、ばぁどちっく様、トータン様、sak様、ミモザ様、yoku様、ムーミン様、いっぷく様、タッキー様、Mineosaurus様、shin様、yakko様、+k様、sig様、YUYA様、すうちい様、リュカ様、アマデウス様、lamer様、mitsu様、siroyagi様、うに様、ビアンカ様 皆様 nice有難うございます。
by アヨアン・イゴカー (2009-11-14 20:08) 

アヨアン・イゴカー

SAKANAKANE様、青い鳥様、lapis様 nice有難うございます。

SILENT様
なるほど、こういう解釈もあるのかと思いました。なんだか、日露戦争の進軍ラッパが聞こえてきそうですね。

いっぷく様
平和主義者も矛盾しているところも沢山あるかもしれません。矛盾することなく生きることは不可能かもしれません。

yakko様
お楽しみ頂けたようで、嬉しいです。

sig様
なんとも出鱈目な話です。こういう文章を書く時は、私は自分の感性を開放弦にしておくのです。

YUYA様
私の描きたかった諧謔を読み取って頂いて嬉しいです。私は、お笑いやユーモアが大好きな人間です。

アマデウス様
書いている時は、別段意味を持たせることもないのですが、書いていただいたような解釈もあってよいと思います。私も他人の作品は、いつも自分なりに解釈しています。

ビアンカ様
自動車の機能美は否定しがたいものがあります。
宜しくお願いします。

SAKANAKANE様
私の描きたかったものは、SAKANAKANEさんの読み取られたようなものです。相矛盾する概念をぶつけること。その状況の中に諧謔、風刺などを見出して、思いつくまま描くこと。それが私のやっていることです。シュルレアリスム的な手法が好きなのです。


by アヨアン・イゴカー (2009-11-14 23:25) 

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