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劇団木馬座の思い出 その28 [劇団木馬座の思い出]

  一九七八年の冬の新作は『白雪姫』と決まった。『ぶんぶくちゃがま・人魚姫』の二本立て公演を近畿で秋公演に行って帰ってから着手した。今回はOKさんが制作助手となり、舞台美術の担当をし、舞台装置の原画を描き、白雪姫と小人の面を作った。HTさんが王子と小人の面を担当。小人の面は二種類だけ作り、メーキャップを変えることで個性を出した。私も小人を作りたくて、試作品を作って見せたが、鼻梁を曲げ、眼の位置を歪ませて作ったところ、恐い、気持ち悪い、と言われた。デフォルメだと主張する私に対して、OKさんは、こういうのはデフォルメとは呼ばないのだ、と言う。私の代わりにHTさんが小人を作ることになった。結局私はお妃と宮廷の女官、そして森の小人の友達の大熊。『白雪姫』はその前の二作品と異なり、単独の作品となった。
 今回、前回の『白鳥の湖』のオデットの顎の反省を踏まえてO
Kさんの作った白雪姫の面は、完成度は高かった。顎なども綺麗に纏められていて、曲線も美しかった。瞼や頬のふくらみも柔らかさが出ていた。しかし、個人的感想を言えば、日本人形のようだった。よくみれば、美しいと言えたかもしれないが、奥が深い制作なので、必ずしも一般受けする美しさではないかもしれない。尤も、こういう感想は仮面を作り続けている制作のものであって、観客として見ている子供のものではない。
 今回の仕掛けは三つあった。一つはハーフミラーの使用である。お妃が鏡に向かって言う「鏡よ鏡、答えておくれ。この世で一番美しいのは誰?。」グリム童話では壁に掛けてある鏡が答えるのだが、木馬座ではこの鏡には生命が宿っている。キャスター付きの小さな縦長の衣裳箪笥のような形をした鏡は、お妃に呼ばれるとスポットライトが当たる。鏡にはお妃が映っているが、「この世の中で一番美しいのは誰?」と言うと、ハーフミラーの後ろに立っている白雪姫に照明が当たり、妃の代わりに白雪姫が浮かび上がる。これはなかなかよい仕掛けだったと思う。この仕掛けは、社長が脚本を依頼する段階で、決まっていたようである。
 二つ目の仕掛けは、妃の憎悪姿への変身である。これは私が担当した。例によって、兄に相談したら、ブラックライトでいいのではないかと言われた。顔に蛍光塗料を塗っておけば、その部分だけブラックライトで明るく見えるので、一番簡単だろうと言う助言だった。しかし、私はブラックライトでは、怒りの過程が表現できないのでないか、と反論した。結局、仮面の内側に電球を入れて、それを光らせることにした。小さな電球を十個位裂けた口の形に並べた。お妃役の女優は、コードをあらかじめ衣裳の中に付けていて、この変身の時だけ、袖から延長コードを引っ張って舞台に出た。変圧器で電圧を変えて、怒りが最高度に達する時は百二十ボルト位まで電圧を上げた。女優は、恐いと言っていた。そうかもしれない。仮面の中では電球が猛烈に輝き、温度が上昇するからだ。今考えれば、悪いことをしたものである。ブラックライトにしておけば、そんな恐怖はなかっただろう。いずれにせよ、この場面では、当時流行った言葉が子供達から飛び出したそうだ。「口裂け女だぁっ!」私はその反応を聞いたことがないが、そう言っていたと聞いた。
 三つ目は仕掛けと言うよりも、見世物である。小人の友達である、森の熊。社長より大きな熊を作るようにと指示があった。直ぐに私は制作を買って出た。私は競合劇団であった劇団飛行船の、『ジャックとまめの木』の大男を舞台写真で見たことがあった。また、研究に行って観させてもらった『長靴をはいた猫』にも大男が出てくるが、それは舞台で実際に動くさまを見ていた。だからどのように作ればよいかは分かっていた。まず、大きな発泡スチロールで上半身を作る。大きい塊なので、最初は鋸で引いて、形を切り出してゆく。徐々に体の曲線を木工やすりで作り出す。そして、サンドペーパーで仕上げをし、その上に赤茶色のボアを木工ボンドで貼る。制作の途中で、どれくらいの大きさになるか、ベランダに出て業務部のKS君に着てもらう。突然出現した大きな熊に、隣にある麹町学園の女生徒が手を振る。反応は上々であった。この熊は、下手袖から登場すると、子供達からざわめきが出た。舞台の袖にいて、これは聞いたことがある。
 『白雪姫』の制作で述べておきたいことは更に二つある。それは、舞台衣裳である。今回は、衣裳代が今までになく高かった。そして、衣裳が実に美しかった。エリザベス朝のような、ホルバインが描く貴族達が着る衣裳のような、雰囲気のある衣裳だった。支払いのことで、後日もめたらしいが詳細は知らない。
 そして、もう一つは髪の毛である。ここでは苗字だけ実名を出してその技術を讃えたい。渡辺さんと言う眼の大きく小柄な女性がこの年の制作にアルバイトで入ってきた。彼女は仮面に付ける髪の毛を整えてくれた。今までも毛糸を使うことが何回もあったが、今までやっていた作業とはことなり、彼女は先ず髪の毛一本一本丁寧に揃え、アイロンを掛け、髪型を整え、仮面に綺麗に取り付けていった。髪の毛にリボンを編みこんで形を整えたり、衣裳担当のデザイナーが作った帽子や王冠を髪に付けたり、その仕上がりは素晴らしいものだった。彼女は舞台稽古に劇場に来てからも、仮面の髪の状態を一つ一つ触って様子を見ていた。私は宮廷の女官を作ったのだが、髪の毛によってこんなに雰囲気が変わるものなのかと、彼女の技術に圧倒された。

SSCN0207.JPG熊(白雪姫と七人の小人).JPG


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いっぷく

グリム童話から白雪姫を表現するにあたって、
どうしてもディズニーの「白雪姫」を連想してしまいます、
ディズニーの描いた小人たちのキャラクターのイメージを意識しないで制作を始めたのでしょうか。
ずいぶん大きなクマをつくったものですね、大がかりということがわかりますね。

by いっぷく (2009-02-16 15:06) 

お茶屋

クマ、ホント大きいですね!
by お茶屋 (2009-02-16 16:45) 

にすけん

 使い手を選ぶアナログ技術のお話、たいへん面白いです。
by にすけん (2009-02-16 18:11) 

doudesyo

今晩は。
でか〜〜〜い、熊ですね。なるほどこれならインパクト十分ですね。ホルバインが描いた貴族たちのようにするとなると高価なんでしょうね。
by doudesyo (2009-02-16 21:11) 

mimimomo

こんにちは^^
一つの劇の創作って大変なんですね~
見ている方はただただ楽しくみているだけですが・・・
熊さん見事に大きいですね^^
by mimimomo (2009-02-18 16:02) 

zenjimaru

仕掛けを考えて作るのは苦労ですが楽しみでもあるように感じます
ハーフミラーにスポットライトを当てるとその部分が透けて見える
言われて見ればその通りですが、アイデアが素晴らしいです
口裂け女も笑えました
撮影でも仕掛けは作りますが(例えば商品が空中に浮いたような)
カメラから見えないように、或いはテグスを使ったり・・・
最近はデジカメでPCで修整・合成しますから、そんな苦労がなくなりました
それはそれで寂しいように思いますね
by zenjimaru (2009-02-19 13:25) 

sig

お妃の変身は大迫力だったでしょうね。
熊さんは人が入って動いたのでしょうね。
ハーフミラーのトリックは古典的なものらしく、映画誕生以前にマジシャンが編み出したものらしいですね。ディズニーランドの「ホーンテッド・マンション」の舞踏会シーンでもハーフミラーが使われているはずです。展示の手法としても仕事で使ったりしました。とても効果的で、今でも充分に面白いですよね。
by sig (2009-02-19 15:05) 

kakasisannpo

仮面の中はさぞかし暑かったろうね
by kakasisannpo (2009-02-19 19:24) 

yakko

白雪姫は娘達にも孫にも話して聞かせました。
懐かしい思い出です。舞台を見せたかったです。
by yakko (2009-02-19 21:48) 

chibiroh

はじめまして。
ご訪問ありがとうございました!
とても面白く読ませていただきました☆

by chibiroh (2009-02-19 22:23) 

Cecilia

>よくみれば、美しいと言えたかもしれないが、奥が深い制作なので、必ずしも一般受けする美しさではないかもしれない。尤も、こういう感想は仮面を作り続けている制作のものであって、観客として見ている子供のものではない。

人形劇の人形って”可愛らしくない”ものが多いですよね!
よくよく見ると可愛くなくてもお話の中では可愛らしく見えたりするから不思議です。
子供の頃NHKの人形劇をよく見ていました。
はまったのは「新・八犬伝」(人形は辻村ジュサブロー)、「プリンプリン物語」(人形は調べないと製作者がわかりません。)ですが、あの頃が懐かしくて色々調べて人形にどれだけ手が込んでいるか思い知らされました。
by Cecilia (2009-02-20 08:23) 

すうちい

口元で120Vはちょっと怖そうですね。
で、口裂け女かぁ、言われそー^^;

クマは良くできてますね。クマでありながら、でもちょっと人間っぽい感じ。これは子供は喜ぶなぁ。
by すうちい (2009-02-21 18:33) 

旅爺さん

私は山で6回熊と出会ってます。
登山ナイフで身構えますが・・・・今考えると鳥肌が立つ思いです。
※ 花の名前はmimimomoさん他、助けられています。何時もあてにしてるんです。笑

by 旅爺さん (2009-02-22 11:18) 

ぼくくま

>百二十ボルト位まで電圧を上げた
たしかにそのくらいの電圧だと女優さんも
正直なところ怖かったでしょうね。

それにしてもくまが大きい!!
by ぼくくま (2009-02-22 16:39) 

アヨアン・イゴカー

ChinchikoPapa様、gyraro様、achami様、いっぷく様、お茶屋様、にすけん様、ゆきねこ様、toraneko-tora様、スー様、doudesyo様、さとふみ様、くーぷらん様、くらま様、旅爺さん様、piattopiatto様、デザイン屋様、mimimomo様、MANTA様、ハギマシコ様、野うさぎ様、zenjimaru様、sig様、piano様、めぎ様、kakasisannpo様、majoramu様、yakko様、chibiroh様、花火師様、Cecilia様、shin様、AWFUL様、アリスとテレス様、イリス様、すうちい様、kinosita様、optimist様、サチ様、mompeli様、夢空様、ぼくくま様 皆様 nice有難うございます!

いっぷく様
ディズニーのあのアニメーションは私の頭にはありましたが、白雪姫や小人の仮面を作ったOKさんの頭にはなかったように思います。影響は殆ど受けていないと。
熊は楽しみながら作りました。

お茶屋様
実は、もう少し大きくしたかったのですが、発泡スチロールの規格もあることで、妥協しました。

にすけん様
すべてアナログでした。私は結局は自分自身がアナログに回帰してゆくのではないかと思っています。

doudesyo様
ホルバインは大げさすぎました。オペラの舞台衣装ではありませんので、貧乏劇団ゆえ、それほどお金は掛けられません。敢えて喩えてよいものならば、ホルバイン風でございました。

mimimomo様
一作一作作るのが、実に楽しいのであります。
熊は横顔や後姿の方が、もっと本物らしく見えました。この写真の熊は、トラックにそのまま積まれたため、既に大分痛んだ後の写真です。

zenjimaru様
ハーフミラーを使おうと言うのは、長嶋社長が最初から考えていたようです。この効果は結構あったとおもいます。お妃の顔と白雪姫の顔が照明の操作によって入れ替わるのが、客席の方からよく見えました。

sig様
ハーフミラーはそんなに歴史があったのですか?19世紀でしたら、水銀を薄く塗って作ったのでしょうか?あるいは曇りガラスだったのでしょうか?
科学や技術が進歩すると、仕掛けのネタがどんどん増えて楽しくなりますね。

kakasisannpo様
お察しの通りで、暑かったようです。
本当に、申し訳ないことをしました。

yakko様
白雪姫のような物語は、夢があって好いですね!私は、童話が本当に大好きです。

chibiroh様
ご訪問有難うございます。お読み頂き光栄です。

Cecilia様
そうですね。操り人形は特に、独特の美意識を持って制作されているように感じます。そして、ご指摘の通り、仮令顔が可愛くなくとも、その芝居で主人公であれば、観客はいつか美男美女を作り出してしまって、納得して見ているものです。自分もそうです。ピーターブルック演出『テンペスト』でミランダを演じたロイヤルシェークスピアの女優は美人ではありませんでしたが、物語の流れで、いつしか美しい乙女であるような気になってしまいました。人間には見たいものを見る、見たくないものを見ないようにする能力が備わっているようです。

すうちい様
120Vは危険だったかもしれません。今頃、結構反省しています。とりあえず、無事故でしたが。
この熊の写真は、業務部にいたKS君が、川崎市生田にある倉庫のシャッター前で着てくれたものです。証拠写真があって好かった。絵だけだったりすると、「だって、絵だもんね!」なんて、言われちゃいますからね。

旅爺さん様
6回も熊に遭遇ですか!!それはおっそろしい、ぞくっとする経験をされたのですね。内地ですからツキノワグマですね。
北海道の子供の頃に母から、羆と格闘した樵の話を聞いたことがあります。いやはや、おっそろしい!

ぼくくま様
当時は、それほど女優の危険を考えない馬鹿者でした。とても難しいでしょうが、文楽の頭(「がぶ」とか「かさね」とか呼ぶようです)のように、仮面の顎や目玉を動かしてもよかったかと思います。
みなさん大きいと仰って下さるので、嬉しいです。
by アヨアン・イゴカー (2009-02-22 22:45) 

SAKANAKANE

やはり、子供相手の長時間の劇、随所に見せ場となる仕掛けが必要なんでしょうね。そして感嘆や不可思議な驚きは、きっと大きな印象として、心に刻み込まれたかも知れませんね。
大きな熊さんは、実物の写真が拝めて良かったです。ヤッパリ想像していたモノとは結構違っていました。これなら、子供ならずともウケそうです。
by SAKANAKANE (2009-02-24 23:54) 

sig

こんにちは。
ごめんなさい、ハーフミラー自体は新しいと思いますが、昔は客席から見て45度に設置した大きな透明ガラス板を黒バックで使い、ライティングによってハーフミラーの効果を出していたようです。
1820年ころ、ライムライト(石灰光)が発明されると、幻灯機を利用した幽霊と騎士との対決や人が骸骨に変わるなどの出し物が演じられたようです。
ステージと平行に横に45度にガラスを傾けて、オーケストラボックスで演じる幽霊の動きをステージ上に現出させ、騎士が切りかかってもすらりと身をかわされてしまうというような視覚トリックですね。
by sig (2009-02-26 15:24) 

アヨアン・イゴカー

lapis様、SAKANAKANE様、漢様 nice有難うございます。

SAKANAKANE様
制作の時、観客としての子供の集中力を維持しようとは考えておらず、単に自己満足的に仕事をしていました。
当時の舞台の写真は、どこでだれが管理しているのか知りません。たまたま、この熊の写真と、人魚姫と王子の仮面の写真はありました。携わっている時はどうでもよいと思っていたものも、今思えば撮っておけばよかったと思います。

sig様
追加情報ありがとうございます。
幽霊のトリックの話、興味深いです。『ハムレット』にもハムレットの父の幽霊が出てきますが、幽霊の場面でも使うとよい効果が出そうです。
by アヨアン・イゴカー (2009-02-28 00:08) 

春分

クマの前のひと。かわいい感じですね。小さいからよく見えませんが。
by 春分 (2009-02-28 20:04) 

青い鳥

ご訪問が遅くなりました。
熊さん、大きくて、可愛くて、子供たちが喜んだはずですね。
白雪姫のお妃様が怒りの表情を強く変えていくところ、
電圧の変化で表現なさったとは、発想が凄いと思いました。
クライマックスで子供たちが悲鳴を上げたのも無理ないこと、
それだけ真に迫っていたことの証明です。
by 青い鳥 (2009-03-01 08:46) 

アヨアン・イゴカー

春分様、青い鳥様 nice有難うございます。

春分様
お目が高い!彼女は高校を卒業して、多分一年位の頃の写真です。当時は勿論端役でした。可愛い女性でしたので、すぐに裏方にファンができました。

青い鳥様
熊の目玉にはゴムボールを使いました。空色の中に紺色の瞳にしたと思います。瞼には臙脂の別珍。シルエットや後姿はもっと本物の熊らしく見えたように記憶しています。
by アヨアン・イゴカー (2009-03-01 11:08) 

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