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劇団木馬座の思い出 その27 [劇団木馬座の思い出]

   一九七八年夏の新作は『ぶんぶくちゃがま・人魚姫』だった。春の新作『こぶとりじいさん・おやゆびひめ』の制作助手はそれぞれIYさんとHTさんだった。自動的に夏の新作の製作はOKさんと私になった。制作助手が主役の仮面を作っていたので、私は当然のように、人魚姫と王子の仮面を作ることを申し出た。そして、その希望はそのまま受け入れられた。OKさんはぶんぶくちゃがまの狸と和尚さんの面を作った。
 木馬座の『人魚姫』は初演時のスタッフは、脚色長嶋武彦・稲坂良弘、演出小森安雄、演出助手牧田耕治、美術若菜珪、音楽斉藤恒夫、照明外崎俊彦、装置東宝舞台となっている。川崎市多摩区生田にあった倉庫には、その初演時の仮面が保管してあった。若菜珪さんの美術は、面長の顔で、水彩画で描かれた原画も、独特の味があってよかった。仮面は全てその若菜さんの美術に統一されていた。しかし、何についても一言を言わずにはいられなかった私は、人魚姫の仮面を作り直すことを提案した。理由は、以前に制作された面は、彫が浅く、平坦な顔をした面だったからである。横を向くと、殆ど鼻が隆起していない。祭の屋台で売られているビニールの仮面のようなうすっぺらい面に思われたのである。早速、私は、若菜さんの描いた人魚姫の可愛らしさを損なわないように、それでいて自分なりの人魚姫の顔を描いてみた。
 出来上がった仮面は、可愛いと言う人もいたので私はそこそこ満足していた。しかし、OKさんの指先に宿る職人的な技術がなく、仮面の表面の仕上げは不十分であったことは認めざるをえない。いくら可愛い姫を作っても、例えば、頬の表面の曲線の精度、左右対称の精度はOKさんに比べて劣っていた。当時、そんな瑣末なことは気にしていなかったのである。私は何に於いても、仕上げが甘い気がする。
 人魚姫で記憶に残っているのは、姫の髪の毛の色である。人形の仮面につける頭髪の素材は、ボア、麻糸、毛糸、荒縄(ピノッキオ)などがあった。私は新宿のオカダヤの毛糸売り場へ行って、明るい緑青の毛糸を買ってきた。そして、仮面に付けた。この髪の毛の色はOKさんも、美しい緑色だね、と褒めてくれた。渋谷東横ホールでの公演が終わって会社に戻ってからだったろうか、業務部のWTさんが、制作室に入ってきて「外国人から電話入ってるの。なんだか、髪の毛のことを言っているの。応対して!」言う。私は電話に出るとその外国人女性は日本語でこう尋ねた。「あのお姫様のKattura綺麗ですね?あのKatturaは何で作りました?」と繰り返す。最初何のことが分からない。「Wig?Wig?ですか?」今度は、相手が私の言った単語が英語であることが分からない。状況から判断して、人魚姫の髪の毛の素材を聞いていることが分かったので「あれは毛糸です。オカダヤで買ってきた毛糸、woolですよ。」なんとかご納得頂いた。何よりも、あの色を気に入ってくれた人が、OKさん以外にもいたので嬉しくなった。
 『人魚姫』舞台で印象に残っているのは紗幕である。海底の場面では紗幕が下ろされ、姫や魚たちは紗幕の後ろで演技をした。うっすらと青色のつけられた紗幕があると、舞台により一層の遠近感が出て、海中の雰囲気も出た。紗幕の内側だけに照明が当たるので、空間が水中と客席で截然と分かたれるのである。

SSCN0175.JPG
 ところで、『ぶんぶくちゃがま』の旅公演の時に、私が舞台を台無しにして、顰蹙を買ったことを書いておかなければならない。『ぶんぶくちゃがま』では、ちゃがまに化けた狸が、見世物として綱渡りをする場面がある。この場面はこんな風に作られる。中割幕と言う黒い幕が上手と下手から閉められて、真っ黒な背景を作る。その幕の前に、平台と呼ばれる教壇のような台が上手から下手まで三尺の高さの脚をつけて、ずらりと並べられる。その台からは黒い別珍の幕が前面に垂らされているので、正面から見れば、ただ真っ黒い舞台があるだけである。その平台の上に、一本の太い縄が上手袖から下手袖まで置いてあり、両側で裏方がその綱を肩に担いでいる。ちゃがま狸の役者は、その太い縄の上を唐傘を持って踊るのである。客席から見れば、狸が綱の上を歩いているように見えるのである。
 この綱は大切なので、私はこの時は舞台監督ではなかったが、何度か大道具方に設置を確かめるように言っておいた。しかし、転換直後、幕が上がる直前になって、無いことに気づいた。私は平台の上をこの綱をもって韋駄天走りした。しかし、ちょっと間に合わず、私の駆け抜ける姿が、一部見えた。笑いがきてしまった。
 役者は何が起こったのか分からず、演技を続けた。楽屋に戻ってきた役者に攻められたのは言うまでも無い。木馬座の思い出を書いていて、この恥ずべき失敗を書かずにはいられない。

(このスケッチは、1978年に描いた人魚姫。)

 

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(この尼僧は、王子と結婚することになる、隣国の姫。1978年にスケッチブックに描いた下絵)


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いっぷく

綱がなければ空中に浮いて見えるんでしょうね、
失敗も今となってはあいきょうですね。
by いっぷく (2009-02-12 10:37) 

Cecilia

人魚姫・・・・と言えば、なかなかぴったり来る絵の絵本がありません。
一番気に入っているのはほるぷ出版から出ているものですが・・・。
http://books-jabberwock.ocnk.net/product/15210


by Cecilia (2009-02-12 13:52) 

doudesyo

今晩は。
やっぱり、何事にも一生懸命にやっていれば、心に響く何かがあるものです。テクニックばかりではないと思います。顰蹙を買ったといってもしかたないこと。よき思い出ではないのでしょうか。
by doudesyo (2009-02-12 20:47) 

くまら

同じ轍は踏まない。
私は常に心がけてます(笑)
by くまら (2009-02-12 22:21) 

yakko

いろいろな思い出がありますね。
ほんとに一所懸命取り組まれている様子が
よく分かります。失敗もまた楽し ! ですね。
by yakko (2009-02-12 22:33) 

yoku

祭日に青梅に友人と梅の花見に行って歩いて来ました。
ちょっと早かったですが、いいところでした。
途中吉川英治記念館(二度目)を訪れたりと
ノンビリ過ごしました。
その後の心地よい疲労感の中できいたチェロのソナタ。
そのテンポといい、ぴったりでした。流石です。
これから、ゆっくり今週の記事を拝見します。
ありがとうございます。

by yoku (2009-02-13 13:34) 

zenjimaru

技術、感性、経験など優れた人は微妙な出来を感知するのでしょうね
また、そこの違いを認識できるアヨアン・イゴカーさんも凄いです
舞台でもマジックでも撮影でも仕掛けはあって、人間の目に錯覚や
死角があることを感じます(笑)
by zenjimaru (2009-02-13 15:14) 

すうちい

いろんな工夫がおもしろいなぁ。
でもぶんぶく茶釜の話しは、ちょっとコントみたい。失礼^^
自分の作品が思わぬ人から褒められるととっても嬉しいですよね。
by すうちい (2009-02-13 15:16) 

mimimomo

こんにちは^^
こう言ってはナンデスが、失敗したほうが観る方にとっても案外いいものですよ~
それは大人向けのラブストーリーや、サスペンスでは笑いが起きては困りますが、
子供向けの楽しみたい場面は皆様の許容範囲だと思うのですがいかがでしょ・・・^^
やってる方からすると、ちょっとした失敗も許せないのかしらね~
by mimimomo (2009-02-14 10:29) 

sig

こんばんは。
スケッチは人魚姫でしょうか。とてもかわいいですね。
その下のシスターもすてきですね。

舞台でのトリックは視覚的に工夫されていて面白いですね。その延長線上に映画のトリックが生まれたというところがあります。映画が誕生したときに真っ先に目をつけたのは、ステージマジシャンだった、ということがうなづけますね。
by sig (2009-02-14 19:13) 

アヨアン・イゴカー

いっぷく様、さとふみ様、お茶屋様、Cecilia様、toraneko-tora様、duke様、piano様、くーぷらん様、doudesyo様、gaiagear様、夢空様、くらま様、yakko様、achami様、yoku様、旅爺さん様、すうちい様、zenjimaru様、アリスとテレス様、mimimomo様、MANTA様、ChinchikoPapa様、sig様 nice有難うございます。

いっぷく様
イタリアの人形でトッポ・ジージョと言う鼠がいました。あの操作の原理は文楽の黒子から思いついたと言うことでしたが、黒い別珍と言うのは実に光をよく吸収するので、不思議な空間を作るのには最適の素材の一つだと思います。綱が無ければ、三尺の高さを狸が空中歩行しているようにも見えると思います。

Cecilia様
仰るとおり、アンデルセンが物語りで描いたあの人魚姫を絵にするのは、至難の業だと思います。私も、人魚姫の絵として我慢ができるとしたら、19世紀に描かれた童話の挿絵かもしれません。

doudesyo様
この失敗の時、私は担当の大道具方に事前に注意しており、直前に気づいた際にも、彼が走らなかったので止むをえず走ったのです。誰にでもある悔しい思い出ですね。

くらま様
同じ轍を踏まない。失敗学ですね!

yakko様
舞台が始まると、みんな真剣になっていました。

yoku様
青梅に梅見ですか。なんだかゆったりとしていて、好いですね。
奥多摩には絵描きの友人がいて、ペン画で景色を描いたり、絵画教室でおしえたりしています。

zenjimaru様
舞台には約束事も多いです。お客さんは、その約束事を嘘だとして追及しないで、嘘を現実であると認めることにも楽しみを見出します。

すうちい様
あの毛糸の色を褒められた時は、嬉しかったです。自分の色彩感覚、色彩嗜好が好いと褒められた気分になったからです。私はあの色が、中学生の頃から好きでした。

mimimomo様
そう仰って頂けると、積年のもやもやが晴れます。

sig様
スケッチは人魚姫です。眼はちょっと大きめにしました。
下の絵は、王子と結婚することになる、隣国の姫で、修道院にいる時の姿です。
>映画が誕生したときに真っ先に目をつけたのは、ステージマジシャンだった
そうなんですね!



by アヨアン・イゴカー (2009-02-15 00:18) 

ぼくくま

>私の駆け抜ける姿が、一部見えた。
舞台でもTVでもそういうような時ありますよね。
見ている人はそれほど気にしていなかったりするんですけど、
当事者の皆さんにとっては大変な事なんですね。
by ぼくくま (2009-02-15 08:03) 

kakasisannpo

縄もとても大事な役をするものですね



by kakasisannpo (2009-02-15 19:53) 

アヨアン・イゴカー

ぼくくま様、orange-beco様、gyaro様、イリス様、piattopiatto様、utsubon様、kakasisannpo様、mitu様、花火師様 nice有難うございます。

ぼくくま様
ご覧になっている方からすれば一回ですが、やっている方は同じことを繰り返しているものですから。確かに視点が違いますね。

kakasisannpo様
綱渡りの綱ですから、重要でした。なければないで、観客は想像力で補ってしまうことはあるのでしょうが。
by アヨアン・イゴカー (2009-02-15 23:51) 

SAKANAKANE

色々なお話を伺っていると、実際の舞台を見てみたくなります。
お面の出来、毛糸の色、紗幕の効果、綱渡りのセット、私の想像力では、とても補えないようなモノなのでしょうね。
by SAKANAKANE (2009-02-24 23:38) 

アヨアン・イゴカー

デザイン屋様、野うさぎ様、サチ様、lapis様、SAKANAKANE様、春分様 nice有難うございます。

SAKANAKANE様
確かに、文字では全くお伝えできない部分が多いと思います。食べたことがなければ、料理の味は分かりませんので。しかしながら、文字のいいところは適当に想像して頂いて、実物よりもいいものを思い描いて頂けることもあることです。
by アヨアン・イゴカー (2009-03-01 10:54) 

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