SSブログ

河童 [短編小説]

November 23, 2007 23:28:05
河童テーマ:短編小説

 河童の親子がいた。河童だから、河の中に住んでいた。しかし、最近開発が酷くて、碌な河がないので、セメントで護岸工事されてしまった、開放感のない河だった。

子河童に、母河童が言った。「頭の皿だけは、乾かしてはいけないよ、これが乾いた時、お前は河童でなくなるんだからね。」

子河童は細い首を縦に振って言った。「分かったよ、お母さん。」

母河童は実にさばさばと言った。「さぁ、息子よ。今日からお前は一人で生活して行くのよ。頭のお皿だけは湿らしておく、これが人生のコツなの。さぁ、お行き!」

子河童。「えっ!?母さん。僕、どこへ行けばいいの?僕、何にも悪いことしていないのに、もう一人で暮らさなければならないの。」

「そうよ。だって、この辺の河じゃぁ、魚も少なくなってきてしまったし、人間ばかり増えてしまって、物騒だからね。」と、母河童は煙管を吹かしながら腕を組んで突き放すように言い放った。

「だけど、僕、僕、まだ、お魚の取り方分からないのに。」

「何言ってるのよ。父さんだって、私を捨てて行っちまったのよ。お前だけ自分の不幸をかこつんじゃぁないよ。これからはみんな独立してやってゆかなきゃ、河童の国は崩壊してしまう、ってさ。おとっつぁん言ってたよ。 ・・・・・・でも、あたしゃぁ知ってんのよ。父さんには、若い女が出来たってことくらい。かぁさんくらい、長く女やってるとさぁ、その辺の勘は抜群よ。あのほっそりした、引き締まった尻をした若い女の河童と、新しい人生切り開くんでしょうよ!そんな嘘には、飽き飽きさぁ。振られたって、捨てられたって、そんなの屁の河童!っぺっ!」と母親は唾を吐く。こんな鬼のような顔をした河童は、ミイラでもみたことがない。ミイラと言うと、人魚だの天女だの、何だのかんだのと、手先の器用な輩が、胡散臭い掘り出し物を作るものだが。

 かくして、この子河童は旅に出ることになった。自給自足の乞食旅行である。

 本の五十メートルほども旅をすると、この小僧すっかりへたって歩けない。たった五十メートルと言ってはいけない。河童はそも、旅をする生き物ではないのだから。ほんの五十メートル先の狭苦しい河原には、何故か、この現代なのに茅屋がある。その前には、ディオゲネスよろしくの顔をした、それこそ薄汚い爺さんが、嬉しそうに、より正確に言うと、馬鹿みたいににやにやしている。そして岩波文庫を片手にこんなことを独りごちている。

「三伏のひざかりの暑さにたえがたくて、
 蝉あつし 松きらばやと おもうふまで
 と口ずさびし日数も程なく立ちかはりて、やや秋風に其の声のヘリ行くほど、さすがに哀れに思いかへして、
 死のこれ 一ッばかりは 秋の蝉
 『うつら衣』のこの段は、実に人間の自己中心、慢心、中華思想が如実に現れておるわいわい。カカカ・・・」

 子河童はこの頭のおかしいかもしれない爺さんに声を掛けた。
「お腹すいた。なんか頂戴。」そう言われて老人は別段怒りもしないで、頭陀袋から、ゴミ箱で漁ってきたらしい余り弁当を出す。
「これでも食え。小僧。」
子河童は、少し腐りかけた弁当をがつがつと食べながら言った。
「あのさぁ、僕さぁ、お母さんに捨てられたんだよ。可哀想でしょう?」
「なんで?可哀想?あほらしっ!」
「ねぇ、ねぇ、汚い爺さん、同情してよ。」
「馬鹿野郎。わしなんか、国に捨てられたんだぞ、国民に捨てられたんだぞ。おっかぁ一人位に捨てられて、何が同情しろだ。一昨日きやがれってんだぁ!べらぼうめぇ。」
「国ってなぁに?」
「国かぁ。国の定義たぁ、こりゃぁ、政治学者でも定義は一言ではできんだろうな。まずもって、国として認めるかどうか、その前提があるからなぁ。国の定義をしてしまうと、国を一旦は認めることになる、国家と言うものが存在することをなぁ。しかし、もし定義をしないとなると、国家を認めないと言う意思表示、それも頗る強い意思表示をしていることになる可能性が残されている。」と爺さん、大分、興奮してしゃべっている。
「何言ってるのかちんぷんかん。」
「そうか、悪かったな。国っていうものはな、選ぶことの出来ない入れ物さぁ。生まれた時に、いる場所、それが、平たく言えば、お前の国じゃぁ。」
「・・・・・????あのさ、僕ね、ほんとは、人間じゃぁないんだよ。」
「確かに、お前、へんな顔しているな。可愛いんだが、嘴みたいな口だし、フランシスコザビエルの禿頭みたいな・・・でも、それって、最近の若い奴らの間で結構流行っているファッションじゃぁねぇの?」
「僕、僕、これファッションじゃぁ・・・」
「まぁ、似合っているからいいじゃねぇか。」
「国って、いいものなの、それとも悪いものなの?」
「人生二者択一、あれかこれかしかないからな。・・・そういう風に言われてしまえば、両方だ、と言いたいところだが、現状は悪いものだ、としか言えないな。」
「悪いものなの?」
「よくない国は悪いんだ。」
「けけけ・・・おじいさん、僕だって知ってるよ、そんな言い方なら。美味しいご飯は不味くないって。」
「な、生意気な小僧だ。その通りさ。」
「どうして、悪いの。」
「だって、考えてもみろよ。わしみたいに真面目に人生を送ってきたものがさ、老後、安心して生活できず、結局会社が潰れたら誰も助けてくれない。こんな国がいい国か?」
「僕、僕分かんない!」
「じゃぁ、さっきお前は自分がおっかさんに捨てられたと言っていたが、おっかさんは悪いやつか?」
「おっかさんはいい奴に決まっていらぁ。」
「どうしてだ。」
「だって、僕を生んでくれたんだもの。」
「現在不幸な状況にある自分を生んだおっかさんを、お前は許せるのか?ほら、川下を見てみろ。お前のおっかさんが日向で甲羅を干している。何かを食いながら。・・・あんなおっかさんを、お前は許せるのか?」
「わかんないや。許せるかもしれない。だって、今僕はちょっとお腹が一杯になったから、不幸ではないもん。」
「衣食足りて栄辱を知る。もう少し、深く考えて見なければならん。・・・しかし、確かに、腹が満ちて、眠るところがあれば、生き物は、とりあえず平和で、幸福感をもつことができる。これは大切なことだ。それすらない人間が世界には溢れているのだからな。」
この老人は、突然、裸になって踊り始めた。「うきゃきゃい、うきゃきゃい、うきゃきゃきゃう~!」あんまり楽しそうなので、子河童も一緒に踊る。うきゃきゃい、うきゃきゃい、うきゃきゃいう~!

 結局、この子河童はこの老人の茅屋に一緒に住むことになった。そして、ある年、台風が来て、彼らの茅屋を押し流してしまった時、この薄汚い老人は、拾ってきては食べている腐った弁当のために、酷い下痢になり、それが原因でかどうかは分からないが、死亡した。子河童は、この老人の死体を河に流した。丁度、増水していて流すには丁度良かった。老人がいつも言っていたので、彼の希望をかなえることにしたのだった。「わしが死んだら、河に流してくれ。そうすれば、魚どもがわしを食べるだろう。そして、その魚はより大きな魚に食われるだろう。その魚は鳥に食べられたり、猫や熊やいろいろな動物に食べられるだろう。こうやって、わしは輪廻していたいのだ、永遠に!」この老人の言葉は十分にはこの河童には理解されなかったけれど、希望だけはかなえてやることができた。

 老人の死後、河童は一人ぽっちになってしまった。そして、分かった。生きているのは、実は一人だけの問題だと言うことが。それは、誰かと一緒にいることによって、少しも解決されないのだと言うことを。誰かと一緒にいることで、現実から回避していても、結局、最後は一人になるのだから。

 そして、河童は、老人に教えてもらった馬鹿踊りをしては、それを大道芸として披露して、投げ銭を貰って生活するようになった。

 (この物語の続きは、後日語られることになるかもしれない。)2007年11月23日 金曜日 勤労感謝の日に記す。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

トラックバック 0