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『栗の里の愉快な女房ー自分を三人称で語るの巻』 [栗の里の愉快な女房]

今日は明日の出勤の代休。一昨日下書きした短編小説をまとめる。

2010-6-4 金曜日

栗の里の愉快な女房 - 自分を三人称で呼ぶ女の演技をする

 女房殿が新聞のテレビ欄を見てから座布団の上に放り投げた。それを見て私は、皮肉交じりに言った。

(あめ)が下の(よろず)の事には期あり 萬の事務(わざ)には時あり 生まるるに時あり死ぬるに時あり

新聞紙におき場所ありってか。」

「単刀直入に仰い遊ばせってば!何が言いたいのよ。」

「そんなことが分からんでか?新聞は見たら、新聞紙置き場に戻しなさいと言うことですよ、言うまでもなくですね。」

「そんなことが分からいでか。分かってますよ。しかしね、あなたは相変わらず分かっていないのよ、彼女のことを。」

「彼女?」

「そう、彼女のことを。彼女は新聞紙の置き場所などにこだわらない大きな女なのよ。ゴミの一つや二つなんですか。そんなものにこだわる!?小さい小さい、人間がまるでアリんこですね。

 物が捨てられない?それがなんですか。万物に対する慈しみの大きさではありませぬか。

彼女はきっと何か大きな、偉大な、破天荒なことをやってのけるに違いないの。彼女はね、隅に置けない一角(ひとかど)の女優なのよ。」

「ちょっと待って。それって、ユーのこと??」

にこにこ頷きながら女房殿は言う。「そうよ。ミーのことよ。ユーはミーのことを彼女と呼ぶべきなのよ。」

「ほほう。もうちょっと彼女について教えてくれないかな。」

「彼女は、そう、何かをやるように宿命付けられているの。運命付けられているとも言っていいかもしれない。」

「その何かって、何?」

「その何かは、彼女にとって永遠のテーマ、人生に於ける永遠のテーマであるかもしれないわ。」

「それって、根拠の無い自信と言うやつじゃぁないの?」

「そんなことはないわ。彼女はきっと何かをやる人なの。だって、絶対に周囲が放っておかないわ。」

「放っておかない?どうして?」

「あれだけ努力して、何もせずにいられるものではないわ。何もしないでいることのほうが、断然遥かに不自然だわ。天がそのようなことをお許しにならない筈よ。」

ここで私は即興で、この悲劇のヒロインの憎まれ役の批評家ガーエフになった。

「僕はガーエフ、職業は批評家です。あぁ、へぼな批評家ですが、我慢してください。

でね、君。あれだけとは、どれだけ、どれくらいのことをやって来たの?具体性がなければ、何事も言葉だけの、空虚な実体の無いものにすぎないんであるよ。そのように主観的ではなく、客観性のある尺度で表現し給え。」

「あぁ、そうやって頭で考える輩は、常に芸術すらも、あぁ偉大なる芸術すらも、頭で考えようとするの。お金に置き換えたり、賞や勲章でその価値を量ろうとするの。そうしてその本質が実利主義者であるが故に、あっ!この言葉、素敵、ちょっと難しそうな響きが素敵!実利主義者であるが故に・・・・・」

「実利主義者であるが故に・・何なの?」

「ずばり、何でしょう?」と私の顔を覗き込む。

「何?何も考えないで、響きだけで言葉を使うの?君ぃ、意味や事実の裏づけ、背景のない言葉を弄ぶのは止め給え。」

「弄んでなんかいませんよ~だ。芸術は感情がすべてなんです。」

「何をゲーテのようなこと言ってるのですかぁ、君という人は。感情に頼っている人間の多くは、殆ど努力もしないで、厠や風呂の中で思いついた単なるありふれた思いつきを自分のものだと思い込んで、それで特許を取ろうとしたり、自分の芸術の基盤、根幹だと主張するのだ。ところが私のような少しは勉強している人間には、そんな思いつきが過去にあったことを知っている訳さ。日の下には新しき者あらざるなり、さ。」

rien_n'est_nouveau_sous_le_soleil.JPG「言葉、言葉、言葉。もううんざりだわ。そう仰るガーエフさんの言葉の中には奇しくも、あなた御自身の言葉はたったのひとつもなくってよ。あなたの考えもね。太陽の下で新しいものなんて、何一つないのだから、でしょう?嘗て起こらなかったことなんて一つもありゃしないのだわ。あるのは蓄積された反復される知識だけ、一部の本当に新しいものを除いて。そしてほんの一部の知識しかガーエフさんは再現できないのだわ!」

「何ですか、イライザ・ドゥーリトル嬢。私は愛のないヒギンズ教授か?ハハハ!

それにしても『あるのは蓄積された知識だけ。』とは。一本取られましたな。これは降参ですな。殆どの人間は、実のところ知識しかないと、私も思いますよ。自分の考えなんて、持っているようで、持っていられないものです。」

「わーい。一本勝ちね、私の。感性で生きる女、知識だけでなく直感を信じて生きる女の。私はそんな彼女が恐ろしい。一体彼女が何をやらかしてくれるのか、どのような偉大な芸術活動を行いうるのか。どんなに大きな仕事を、無意識のうちに成し遂げてしまうのか。あの人、彼女はやるは、きっと間違いなく。私は信じるわ。」

 

女房殿はまるで『三人姉妹』のオーリガのように仰々しくこう言うと、しばらく虚空を見つめている。

 

 「やーっ!面白かったね。やっぱりこういう人間になって、他人になって、そやつの頭の中を勝手に彷徨して無駄口を叩くのは愉快だねぇ!痛快だねぇ。」と私。さも可笑しそうに笑い転げている女房殿。これは夕餉の前のほんの一齣である。


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yakko

お早うございます。
わぁ〜 楽しいご夫婦ですね〜〜(*^_^*)
by yakko (2010-06-05 06:16) 

sig

こんばんは。
いやー、なんてすてきなお二人さんなんでしょう。
お二人の言葉のやり取り、駆け引きはまさに翻訳劇のテイストです。
大笑いしながら楽しませていただきました。
先だってのテレビで「彼女」を見ておりますから、光景が手にとるように伝わってきましたよ。
すばらしいなあ。理想的なご夫婦だなあ。
by sig (2010-06-06 22:02) 

まるたろう

ご訪問とnice!、ありがとうございました。
by まるたろう (2010-06-06 22:54) 

NsHome

はじめまして!
ご訪問&niceありがとうございます。
もしかして彼女さんは本当に芸術家かも。<笑>
by NsHome (2010-06-07 00:46) 

アヨアン・イゴカー

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by アヨアン・イゴカー (2010-06-12 09:57) 

アヨアン・イゴカー

yakko様
食事をしながらも、私達は笑いのネタを見つけることがあります。
別段、何にする訳でもないのですが。

sig様
翻訳劇と言えば、そんな台詞を冗談で使うこともあります。
「一日一個のリンゴは医者を遠ざける」などと言いながら、妻はリンゴを出してくれます。この翻訳調の響きが好きです。

まるたろう様
宜しくお願いします。

NsHome様
変な人であることは、間違いないです。
by アヨアン・イゴカー (2010-06-12 10:09) 

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