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夢の話と永山則夫『無知の涙』 [随想]

201047日 水曜日

 私は珍しく、見た夢を覚えていた。そして、記憶しているうちに絵にした。

2010-4-7 dream.JPGそれは不思議な光景だった。私は山奥にいる。そこは仏師たちの工房のようであった。空中に吊られた作業台の上に、大きな仏の頭が三つか四つ並んでいる。その前には仏師が見えない天井からブランコのように吊られた丸太に腰を掛けて、盛んに仕事をしている。しかし、なぜか音が聞こえない。足元にも丸太があるのだが、これは足で縦に回転させると、仏の頭の乗っている回転台が回る仕組みになっているのだ。丸太がウォームギアで回転台に歯車がついているのだと思う。

彼らの下、つまり作業台のはるか下方には作られた頭がいくつも転がっている。暗がりの中ににんまりとした顔が浮かび上がってくる。「あぁ、そうか。完成すると、回転台の支えを外して下に落とす仕組みになっているんだな。」と私は感心している。

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ところで、永山則夫『無知の涙』を読んだ。最初は文章が拙く、正直読むのが苦痛だっ

たが、後半になり、更にノート910辺りになってすっかり文章が完成されてゆくのが分かり、不思議な感動に打たれた。たった一年の間に、これだけ変化できるのだ、と。訴えたい気持ちも整理して表現できない一人の若者が、見事に難しい言葉や哲学を咀嚼して自家薬籠中の物にしている。マルクス『資本論』、カント『実践理性批判』、ドストエフスキー『罪と罰』、『白痴』などを読みこなし、自分なりにしっかりと解釈している。まともに学校に行っていない人物とは思えない。

 彼の書いた詩を紹介しておきたい。ここで永山氏がこの文字に籠めている感情が強く感じられるのである。取り返しのつかない行為への後悔、自分の生い立ちについての怒り、そんな環境から自分を救ってくれなかった社会への恨み、自分の存在を自ら否定せざるをえなかった社会からの疎外感、絶望感、孤立感、そして恐らくは本心で希求しつづけていたであろう一角の人物になろうという夢、それらの縺れた感情が表現されていると思った。

 

 『春の雪』

このふる雪に足跡を残したい

足跡で雪の上に文字を綴ろう

想い出を書こう

白かった頃の想い出を

 

愛なんて淡いもの 消えるもの

この春の雪のよに

永遠の人よ

私はここに眠りたい

(pp257-258


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コメント 9

SILENT

昔読みました。書棚の隅に今もあるはずです。
横須賀の基地で拳銃を手に入れ犯行の経緯と、著作関心がありました。横須賀に生まれ育ったので興味が湧いたのかもしれないのですが、再読してみます。あの時代を何故か強烈に焼き付けた本でした。
by SILENT (2010-04-12 17:02) 

yoku

あの事件は衝撃的でしたね。確か不幸な生い立ちがこの事件に
向かわしたという新聞記事か何かの記憶があります。このような詩
を書き残していたのですか。勿論、「無智の涙」は存じ上げており
ましたが、読んではおりません。
by yoku (2010-04-13 10:38) 

すうちい

夢は条理でもあり不条理でもありますよね。
心を込めて造った仏の頭を造ったら下に落としちゃうなんて。
でそれに感心しちゃう。
私も夢の中でそういう妙な感心をすることが時々あります。
by すうちい (2010-04-13 11:01) 

SAKANAKANE

何とも不思議で、解析をしてみたい夢ですね~。
私の最近の覚えている夢は、現実の延長線ばかりで、あまり面白い夢が無くて、寂しく思っています。昔は、自分ながらにかなり傑作だと思える夢もよく見ていたんですが・・・。(モチロン、もう内容は忘れてしまっていますが。)
1冊の本の中に、成長が如実に現れているって、面白いですね。
by SAKANAKANE (2010-04-17 15:06) 

アヨアン・イゴカー

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by アヨアン・イゴカー (2010-04-18 14:38) 

アヨアン・イゴカー

SILENT様
今日、図書館に予約しておいた『木橋』借りてきます。
想像ですが、彼には自傷する人々、思春期痩せ症に共通する、人間の存在の問題があったのだと思います。

yoku様
ご存知でしたか。永山事件が衝撃的だったのですね。

すうちい様
そうなんです。ありえないことでも、夢の中では強く納得して肯んじたりしているのです。なんとなれば肯定することを前提として、その夢を見ているから。しかし、どうして、そんな夢を見るのか?

SAKANAKANE様
どうしてあのような夢を見たのが分かりません。自分でも実に不思議です。
永山則夫氏が短時日の間に見違えるほど成長したのは、勿論彼自身の中にその種、発芽力と成長力があったことはまちがいありません。
このような能力を秘めた人間が、あちこちにいるのではないかと思っています。

by アヨアン・イゴカー (2010-04-18 14:47) 

唐糸

 「木橋」はいい作品でした。
 でも、彼はやはり「取り返しのつかない行為」に
よって若い人の命まで奪ってしまった。
 この前TVでドキュメントタリーをやっていて、中年に
なった彼の顔写真にはやはり、生きている人の幸せが
見えた。
 でも、亡くなった人にはもう何もない。
 何かちがうかたちで生を問い直すことができれば
よかったと考えるのですが、答えは見つかりません。
by 唐糸 (2010-04-19 14:57) 

Cecilia

永山則夫について、少々読みました。(獄中書簡だったか?)
私も「無知の涙」をじっくり読んでみたいです。
by Cecilia (2010-05-05 08:01) 

アヨアン・イゴカー

唐糸様
人類の歴史は取り返しの付かないばかりことの連続です。戦争、ジェノサイドなどで、殺戮された人々の命。
社会の問題として捉えた場合、永山則夫は至る所にいるのだと思います。

Cecilia様
その文章の変化は、筍がみるみる成長して行く様をみるようでした。
by アヨアン・イゴカー (2010-05-05 09:50) 

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