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劇団木馬座の思い出 その26 [劇団木馬座の思い出]

 一九七七年の十二月の『スサノオのぼうけん』が「すさまじいぼうけん」になったため、翌年の春の新作を作ることになった。発想の柔軟な長嶋社長は、今度は二本立て公演を思いついた。藤城清治が木馬座の代表だった頃には、森明子の司会で紹介されたりしていたので、いくつかの作品を一回の公演で見ることができた。オリジナルの動物の物語、あるいはジャータカ物語の短い作品が演じられ、その後に長編の『人魚姫』や『銀河鉄道の夜』が上演された。これらは影絵の作品だった。
 社長が考えたのは仮面劇の二本立てであった。この発想が自分でも得意だったようで、いかにも満足そうににこにこしていた。一九七八年春の新作は『こぶとりじいさん』『おやゆびひめ』だった。これらの作品の制作助手を務めたのは、HTさんとIYさんだった。
 これらの作品で思い出すことがいくつかある。『こぶとりじいさん』に出てくる鬼の大将の仮面である。OKさんが担当したが、これは見事な作品で、迫力もあり造形的にも優れていた。社長も嬉しそうに「いい面だなぁ。さすがOK君だ。」と褒めていた。
 もう一つは、HTさんが作った親指姫の面である。この姫の顔はHTさんにどこか似ていた。すこし眠そうな眼、ふくよかな顔。この仮面を作っている時のHTさんは、まるで自分の娘をいとおしむ父親のようだった。
 そのHTさんの気持ちは私にはよく分かる。『ピノッキオ』の小道具の一部手直しをしている時、私はゼペット爺さんの仕事部屋の柱に吊ってある操り人形を作り変えることになった。もともとの人形が発泡スチロールで作られており、粗雑だと思われたからである。私はまず頭は発泡スチロールで作り、布を貼った。髪の毛には麻糸を使った。体は小割と垂木を切って作った。足は木靴を履いた形にした。首、肩、肘、手首、脚の付け根、膝にはそれぞれ番線の軸を作り、可動式にした。その人形は机の上に置くと、頭をたれた少女のようで、私には魂が入っているような妙な気分になった。そしてやたらに愛しくなり、名前をつけた。『ローラ叫んでごらん。』と言うみすず書房の本の少女の名前にした。可愛い名前だと思っただけで、他意はない。
 おやゆびひめの強化プラスチックの仮面に色を塗ったが、冬だったので気温が低く乾きにくかった。そのため一度塗った後二度塗りをしたところで、上の塗料が下の塗料を引きずり、皮膚が弛んだようになってしまった。制作室には反射型の石油ストーブが一つ、もう一つは煙突型のストーブ(ブルーフレームに似た作り)の二つしかなかった。今考えてみれば、結構寒かったのではないかと思う。HTさんは、いかにも悔しそうだった。しかし、何も言わない。退社時刻が来て、我々が仕事を切り上げようとしているのに、HTさんは「俺、残ってやっていくよ。」と言った。彼にはなぜあのように淋しそうな雰囲気が漂っていたのだろう、と書きながらふと思う。
 翌日出勤すると、綺麗に仕上げられた仮面が台に据えてあった。「HTさん、綺麗に仕上がりましたね。」「あぁ、ストーブにかざして乾かしながらゆっくり塗ったんだ。」大分時間が掛かったようだった。
 『こぶとりじいさん』には子供達へのサービスが一つあった。鬼のいる森へ行く途中で、じいさんは妖怪に「この森を走らずに、歩かずに、転がらずに通れるなら、通してやる!」と言われる場面がある。ここでじいさんの吹き替えが登場し、とんぼ返りで、上手袖に入ってしまうのである。それまで腰を曲げてゆっくり歩いていた爺さんが蜻蛉を切るのだから、子供達はびっくりして喜んだ。この吹き替えを担当したのは、KG君と言う、小柄で小太りの青年だった。彼のバック転や蜻蛉は、演出家の小森先生も誉めそやしていた。他の役者たちもかなり刺激を受けて、練習を始める者もいた。が、とても足元にも及びもつかない。KG君はナナハンに乗っていた。その操縦がまた実に見事で、しなやかな運転を搬入口外の広場で披露してくれた。数年後彼はアクション系の事務所に移って行ったようである。
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制作途中の操り人形ローラ。私は小道具箱に彼女を入れる時も、子供を寝かしつけるように、大事に置いた。退職後も、木で操り人形作りたいと思っていたが、未だ作っていない。
 
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doudesyo

今晩は。
訳者たちの苦労話とかディレクターの苦労はよく聞くのですが、こういった直接製作するスタッフの苦労と研究とポリシーが伺える機会はないです。とてもためになります。思い出していただくだけでも大変なのでしょうけど、できる限り記録をしていってください。スサノオのぼうけんがすさまじいぼうけんになったというだじゃれ?は当時も使われていたのですか?
by doudesyo (2009-02-04 20:57) 

yakko

いろいろなお話を舞台で見られるのは素晴らしいことですね。
出来上がるまでの苦労話をしみじみと読んでいます。
時代が変化してこういう舞台がなくなっていくは寂しいですね。
by yakko (2009-02-04 22:50) 

asahama

『スサノオのぼうけん』が「すさまじいぼうけん」
というところに圧倒されました。

こういうふうに何かをつくっていく過程というのは
読んでてとても興味深いです。

デッサンも、いいですね。
by asahama (2009-02-05 22:19) 

mimimomo

おはようございます^^
木馬座だったかどうか~ 影絵をむすこをっつれて見に行った記憶が蘇りました~
いろんなご苦労があったのですね~
自分でお人形を作るのはやはり子供を作る気分でしょうね~
何となく分かる気がします。
by mimimomo (2009-02-06 05:10) 

青い鳥

操り人形のローラ、アヨアン・イゴカー様のお心が込められていますね。
HT様の塗りなおされた仮面にも込められた思いを感じます。
皆様方の沢山の思いがこめられて、
あの素晴らしい人形劇があったのか・・・と今更ながら再認識しているところです。
by 青い鳥 (2009-02-07 10:02) 

yoku

色んな芸達者な人達がおられたんですね。関心します。
読み進むうちに、人間模様に引かれます。特に社長の個性が
光ます。そんな人は最近見られませんね。
景気の良いときに大いに働かせ、景気が悪くなると首を平気で
切る一流企業の幹部の面々。時代の趨勢か、いやになります。
by yoku (2009-02-07 10:37) 

にすけん

 おお素晴らしい。

 その構造を知り尽くし、現実化したときの作動まで、完璧にイメージができあがっている人の描く構想図ですね。
 座らせたときの音が聞こえてきそうです。
by にすけん (2009-02-07 22:21) 

アヨアン・イゴカー

ChinchikoPapa様、mitu様、旅爺さん様、アリスとテレス様、lapis様、doudesyo様、piattopiatto様、お茶屋様、duke様、yakko様、aia様、mitsu様、sig様、zenjimaru様、toranek-tora様、くらま様、Krause様、ぼくくま様、asahama様、mimimomo様、さとふみ様、くーぷらん様、夢空様、gaiagear様、花火師様、mompeli様、kakasisannpo様、moz様、青い鳥様、yoku様、にすけん様、optimist様、デザイン屋様 nice有難うございます。

doudesyo様
あの駄洒落は、冷たい風が吹きすさぶ客席状況を知った社長が使ったものです。
劇団木馬座の思い出は、その40前後まで構想しています。今までの分は既に一度書いたものに、ほんの少し付け加え、あるいは全く手をつけずに書いてきました。今後は、当時のことをどれだけ細かいことを思い出せるか、それが問題です。

yakko様
人間である以上、欲望があり、少しでも好いものを作ろうとします。それは苦労でもありましたが、楽しみでもありました。

asahama様
ご興味をお持ち頂き有難うございます。
私の入った木馬座には、最盛期の派手さはありませんでしたが、劇団の雰囲気が大好きでした。

mimimomo様
操り人形ローラについて申し上げますと、こげ茶色のコーデュロイのワンピースを着せた亜麻色の髪の娘を、椅子にかけた私は自分の膝の上において、子供が出来たらこんな風に頭をなでてやるのだろうか、とふと思いました。それは20代半ばのことでしょうか。

青い鳥様
面白いもので、皆自分の作ったものには、大変な思い入れがありました。OKさんもそうでした。オデット姫の面を見て「可愛いじゃない!」と言っていました、皆に顎が長すぎるなどと言われても。

yoku様
社長は、悪い人ではなかったと、私は思います。常に、何かやらなければならないと考えていて、推し進めてゆくワンマン型でした。それを好まない人々もいましたが、彼らが代案を出したわけでもありません。

にすけん様
お褒め頂き、有難うございます。
ものを作る時は、常に三次元なので、空間を意識して描くのは、私の基本でした。
by アヨアン・イゴカー (2009-02-08 10:49) 

SAKANAKANE

やはり人形には、魂が籠もるのでしょうね。
情熱と丹精と愛情を込めて作った我が子は、さぞや可愛いかったコトと思われます。
KG君は、良い選択をしたように思いますが、その後はどうだったのでしょうね。
このチラシ?は、観に行きたくなるような良い出来だと思います。
by SAKANAKANE (2009-02-11 12:08) 

アヨアン・イゴカー

SAKANAKANE様
ローラには不思議なもので、仮面や小道具などよりも強い愛着が出来ました。
このチラシは木馬座の文芸部のOMさんが、業者の方と打ち合わせをしながら作ったものだと思います。そして、『おやゆび姫・こぶとりじいさん』はそれなりの反響で、「凄まじいぼうけん」で作った赤字を埋めてくれたようです。

by アヨアン・イゴカー (2009-02-11 12:26) 

ミモザ

こんばんは~!
自分が作った人形には思い入れがあって魂みたいなものが
こもるのでしょうか。分かるような気がしますが。。
『スサノオのぼうけん』が「すさまじいぼうけん」に変わるなんて
笑い話みたいですね(^O^)

by ミモザ (2009-02-11 21:26) 

アヨアン・イゴカー

ゆきねこ様、ミモザ様、orange-beco様、すうちい様 nice有難うございます。

ミモザ様
商業演劇とは言うものの、経営は大変でした。決して楽な時はなく、私が退職するころは、かなり酷い状態でした。
by アヨアン・イゴカー (2009-02-14 23:22) 

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