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劇団木馬座の思い出 その24 [劇団木馬座の思い出]

  「大きなぼうけん」となった『スサノオのぼうけん』について、おぼろげな記憶を辿りながら書いてみる。社長が一九七七年の冬の出し物に『スサノオのぼうけん』を選んだことについて、恐らく悪くはないと思ったはずである。『はくちょうのみずうみ』の時は、この作品はバレエの演目と言う印象が強く抵抗感があったが、スサノオについては、私は日本の古代と神話に興味があったからである。子供の頃からイザナギ、イザナミや、大国主命やスサノオの物語は知っていた。また、大学生時代には青木繁や藤島武二らの絵の影響もあって、日本の古代に憧れ、古事記を岩波文庫で買って読んだりしていた。
 私は劇団を退職するころには舞台監督もするようになったため、多くの大事な書き込みを台本にした。舞台進行上は不可欠の台本だったので、それらを退社の際に全て後任に渡してしまった。だから、現在私が手元に持っている台本は、何も書き入れていない初演時の『人魚姫』と今回書く『スサノオのぼうけん』だけである。これは非常に残念である。台本が残っていれば、欄外に書き入れた注意書きなどをよすがにして、記憶をより正確にすることができるだろうからである。
 いずれにせよ、『スサノオ』については<木馬座上演台本>「スサノオのぼうけん」日本神話より、脚色若林一郎、演出観世栄夫と書かれたB5判のものが手元にある。スタッフには演出助手としてIYさん、衣裳HTさん、制作助手としてOKさん、HTさんの名前がある。簡単に場面だけ書いておくと、第一景「オノコロジマ」、第二景「雲の道」、第三景から第五景「タカマガハラ」、第六景「アマノイワト」、第七景「ヒノカワのほとり」、第八景「トリカミの里」、第九景「山の中」、第十景「トリカミの里」、第十一景「タカマガハラ」、第十二景「トリカミの里、ヒノカワのほとり」。『古事記』や『日本書紀』の筋と異なり、スサノオはずっと好い子として描かれている。
 母イザナギの死が悲しくて泣き続けるスサノオ。余りに泣くので、涙が溢れて洪水になる。国を水浸しにされて怒った父親イザナギに追い出されたスサノオは姉のアマテラスに会いに出かける。タカマガハラではアマテラスに心を試されるが、邪心のないことが証明される。しかし、少年スサノオは悪戯ばかりして神々を困らせる。そしてとうとう機織の女を死に至らしめてしまう。それを知ったアマテラスはアマノイワトに隠れてしまう。すっかり暗闇になってしまう。知恵の神オモイカネにの策略で、アメノウズメが踊り、神々が楽しそうに歌う。暗闇になっているのに神々が浮かれ騒いでいるのを不思議に思い、アマテラスが岩戸をちょっとだけ開けると、タジカラオノカミが岩戸をこじ開けアマテラスを引っ張り出す。
 場面変わって、ヒノカワのほとり。アシナズチとテナズチが木の箱に娘のクシイナダを入れて運んでいる。ヤマタノオロチの生贄にするためである。それを聞いたスサノオは、大蛇を退治することにする。大甕に強い酒を入れ、垣根を作り待つこと暫し。ヤマタノオロチが登場し、スサノオは仲間の助けを得ながら、何とか大蛇の首を切り落とす。村に平和が訪れ、皆は明るく歌い踊る。
 虹のたつそら青い空/希望(のぞみ)の雲がわいてでる/七重に八重に雲がわく/イズモの国にぼくたちの/ゆめを大きくそだてよう
 陽のふりそそぐ青い空/希望(のぞみ)の雲が背をのばし/白く光ってかがやいて/イズモの国のぼくたちの/しあわせの歌うたってる
 <カーテン・コール>

 誰がどの仮面を作ったか、小道具は何を作ったか、殆ど思い出せない。OKさんがスサノオ、クシイナダ姫、オモイカネ、IYさんがヤマタノオロチの頭、HTさんがタジカラオノカミとアメノウズメを作ったのではなかったか。イザナギやアマテラスはIYさんだったかも知れない。この台本では大きな牛が登場するが、それを私が作った。この牛は失敗作であった。今作ればもっとましまものを作ることができるが、あの時はウレタン樹脂の使い方がよく分かっていなかった。
 この作品で書いておかねばならないことがいくつかある。一つ目は、『スサノオのぼうけん』の初演は江東公会堂だったことである。杮落としがスサノオだったのである。二つ目は、舞台美術である。実に美しい大道具だった。ホリゾント幕を天空とし背景にした雲の道。ベルギーの象徴主義を思い起こさせる簡素で真直ぐな樹木のある林。ヤマタノオロチのいる森。舞台中央に立つ老巨木。その木は大きく枝を広げている。油絵科のOKさんも駒宮録郎の舞台美術に合わせて、岩を発泡スチロールに絵の具を塗って作った。あの時の手際のよさ、腕のよさには、すっかり感心した。私は、残念ながらスサノオの舞台を見ることができなかった。『はくちょうのみずうみ』班だったからである。それでも、江東公会堂での舞台稽古の際に、客席からこのヤマタノオロチの場面の大道具を見た時は感動した。これが舞台美術なのだ、まるで絵画のようだ、と思った。
 三つ目は音楽。三木稔は池内友次郎や伊福部明に師事した著名なクラシックの作曲家である。スサノオ以外は、クラシックの作曲家ではない人々が音楽を担当していた。率直な感想を述べれば、日本神話ミュージカル、オペレッタのような印象である。オペラ歌手が歌っているような音楽であった。実際、歌っていたのもクラシックの歌手だったのではないだろうか。悪い音楽ではないと私は思うが、決して子供や母親にすぐに受けるような曲ではなかった。全歌詞を紹介した「虹のたつそら青い空」などは見事な合唱曲であり、感動的ですらある。が、クラシックよりも演歌などの好きなOK氏などは苦笑いしていた。
 四つ目は演出の観世栄夫である。この著名人を演出家に迎えたことによって、木馬座の役者たちに緊張が生まれた。既に慣れている演出ではなく、新しい演出が期待されたのである。そのため、仮面をつけての稽古中に、スサノオ役の女優が酸欠で倒れた、と聞いた。一つにはそれまで全体に大きめだった仮面を小さくしたため、酸素不足になったこともあるが、それでも、それだけ彼女達は真剣に稽古に臨んでいたのである。観世さんとは話す機会もなかった。観世さんが舞台稽古が終わり帰られる時に、私も同じエレベーターになったのだったが、私がボタンを押さえながら会釈すると、優しくにっこり笑って「有難う。」と言ったのだけ覚えている。役者達は厳しい、恐い演出家だと言っていたが、私にはその笑顔の思い出しかない。
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 五つ目は蛇籠(じゃかご)である。これはスサノオの一つの売り物だったと思われる。島根県指定無形民俗文化財となっている神楽がある。その中にヤマタノオロチの舞があちこちに保存されているようである。蛇籠は、その舞に出てくる大蛇の衣裳である。今日、文章だけでは分かりづらいと思い、絵にしてみたが、どうもあのおどろおどろしさ、感動を描くのに失敗してしまった。(後日差し替えるかもしれない。)文章で表現すれば、八メートル位の長さで、直径四十センチほどのダクト(通気管)を大蛇の胴体として使う。オロチ役は、オロチの頭を頭に被り、背中にこの胴体を背負う。そして、スサノオと戦う時には、とぐろを巻いて、スサノオを絞めつける。この蛇籠の扱いは特殊技術のようで、初演の時には花柳何某さんと言う日本舞踊の舞踊家がヤマタノオロチを演じた。残念ながら私は、この場面を見ることができなかった。
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 これだけの作品であったにも拘らず、客席では閑古鳥が啼いていた。動員数は嘗てなかったほどの少なさであった。社長は「いやいや、こりゃあ、すさまじい大冒険になっちゃたぁ。」と自嘲気味に言っていた。後日、『わんぱく王子のぼうけん(スサノオのぼうけん)』と名前を変更したが、観客は一向に増えなかった。そして、早々にお蔵入りとなり、二度と上演されることがなかった。
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yakko

だんだん世の中が変わってきたんですね。
どんなに素晴らしいものでもお客さんが入らないと・・・
やはり商業ですから・・・残念ですね〜
by yakko (2009-01-26 09:48) 

mimimomo

こんにちは^^
やはりお母さん方に馴染みがないからでしょうね~
シンデレラ、眠りの・・・などは直ぐ反応しても「スサノオの冒険」だと
反応鈍いと思います・・・
本当に残念ですね。
by mimimomo (2009-01-26 13:03) 

doudesyo

今晩は。
小さい頃八岐大蛇の絵本?をみていました。なぜか心引かれていたのですが、こんな感じの本を出版していませんでしたか?
by doudesyo (2009-01-27 22:44) 

SAKANAKANE

確かに、お父さんはともかく、お母さんにはウケそうもない題材ですね。
私自身も子供の頃は、戦前教育の反動なのか、ろくに日本神話は教わっておらず、その後も縁が無いままとなっています。
私などは、お姫様や王子様、魔法等と言ったステレオ・タイプには、却って反感を抱いてしまうへそ曲がりなんですが・・・。
by SAKANAKANE (2009-01-27 23:09) 

すうちい

酸欠で倒れるまで稽古ですか、すごいなぁ。
それにしても作曲家も演出家も大物ですね。
私は子供の頃この神話は好きだったけどなぁ。何で受けなかったのかなぁ。SAKANAKANEさんの言われるようにお母さん受けの問題ですかね。
by すうちい (2009-01-29 01:40) 

アヨアン・イゴカー

Krause様、クープラン様、mitsu様、お茶屋様、yakko様、夢空様、mimimomo様、スー様、ララアント様、moz様、gaiagear様、さとふみ様、ChinchikoPapa様、yoku様、sig様、アリスとテレス様、doudesyo様、SAKANAKANE様、toraneko-tora様、旅爺さん様、すうちい様、青い鳥様、olive様、mompeli様、piattopiatto様、春分様 nice有難うございます。

yakko様
そうですね。閑古鳥は、想定外でした。残念ながら商業演劇、人が入って成り立っております。

mimimomo様
そうですね。お母さん方(=女性)に受けなかったため、結局は子供達は連れて行ってもらう機会がなくなってしまったのですね。

doudesyo様
ヤマタノオロチや大国主命の話は、子供の頃大好きでした。同じ日本人なのに、物凄く異国情緒があり、それがたまらない魅力でした。
今回の挿絵は、出雲の国の蛇籠の写真をいくつか見ながら描いたので、絵本のことは分かりません。本来であれば頭が八つなければならないのですが、蛇籠を描くために、舞台の記憶を優先しました。

SAKANAKANE様
中学校の頃に、私は魔法使いに憧れていました。魔法使い、何でもできる魔法使いになりたかったのです。そして、物語を書き始めました。

すうちい様
酸欠で倒れるのには、仮面を被っていたと言う直接の原因がありますが、主役の女優に怒られてしまうかもしれませんが、こんなに真剣に稽古をしていたのは久々だったのかもしれません。こういう緊張感は好い仕事をするためには大切だと思います。
お母さん方の趣味と一致しなかったと思われます。
by アヨアン・イゴカー (2009-02-01 00:14) 

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