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劇団木馬座の思い出 その18 [劇団木馬座の思い出]

 一九七七年夏の新作『白鳥の湖』
 
 この出し物を強く推薦したのは、演出・振付家の小森安雄氏だった。その意見を長嶋社長が採用したのである。我々制作部の人間では、この作品をよく知っている者はいなかった。バレエの関係者であれば、どの場面もいろいろな思い出を提供してくれるほど熟知しているほどの物語であろう。私はこの題名を聞いた時に、芝居が踊り優先になってしまうのではないかと危惧した。そう考えたのにも根拠はある。木馬座に入社後初めて東横劇場に『シンデレラ』を見に行ったのは既に書いた通りであるが、この『シンデレラ』では何故かレモン色のレオタードに、黄緑色のジョーゼットの衣を着た妖精達が二つの場面に登場し踊った。それを見た時、どうして妖精が登場し、踊るのだろうと疑問に思った。まあ、しかし考えてみれば、子供向けの出し物には、歌も踊りも付き物なのかもしれない。NHK教育テレビの子供番組にも、必ず歌と踊りとお話があるではないか、と言うのが取り敢えずの結論だった。
 木馬座は、子供達の情操教育を目的として、またそれを売り物にして制作を続けてきていた。ここで長嶋武彦社長の子供向け芝居に対する考えを述べておきたい。尤も、社長が具体的に我々にそのように説明したのではない。社長が機会ある度に主張していた内容を、私が要約しているだけである。
 子供向けの芝居制作にはいくつかの要素が必須である。その一つは、物語の筋の中に、確固たる信念がなければならない。これは言い換えれば哲学のことであろう。哲学科の卒業生である社長なら、当然のことである。芝居を観おわって、ただ面白かっただけでは、情操教育にならない。何かについて考えさせる、何かについて感動した、それを後で考えさせるような物語、展開にしなければならない。二つ目は、歌である。楽しく、誰にでも口ずさめる歌。どの芝居にも主題歌があり、開場前のロビーや客席には、主題歌他芝居に使われる音楽が流れていた。そうして耳に馴染んだ曲は、いくつかの場面で何度か繰り返され、記憶されるようになっている。三つ目には踊り。音楽と踊りが組み合わさると、一定の興奮状態になる場合もある。四つ目には、子供達を驚かす仕掛けである。子供は新しいもの、驚きが大好きである。何か日常生活では体験し得ないものを、仕掛けを作って見せる。これらの要素は、どれも必要で、制作の基本としては正しいと思う。
 例えば、『ピノッキオ』と言う名作も、あのウォルト・ディズニーの手に掛かると、原作の好さが半減し、ディズニーオリジナルの見世物になってしまう。ディズニーの好きな人には申し訳ないが。私はディズニーアニメーション映画の映像の美しさ、動きのしなやかさ、優雅さには感動した、つまり美術の技術については間然するところがなく完成度に驚嘆したのではあるが、内容については甚だ不満で、原作者を冒涜しているとすら考えてしまった。現実を描いていない、本物の人間を描いていない、表面上しか描いていない、と言うのが私の感想である。
 同様の過ちを犯してしまっている劇団の作品があった。我が木馬座の競争相手の一つの劇団の公演を、後日東横劇場へ観に行ったことがある。私は劇の途中で眠ってしまった。私はつまらないものを観ていると、決まって睡魔に襲われる。優れた作品であれば、よほど疲れていない限り、そのようなことはない。この時、私はディズニーの作品を模倣したような作品を、不快な気持ちで見た。美術や仕掛けは優れており、驚きをしばしば与える。制作費も我が木馬座よりも掛けているように見えた。小道具も大道具も、仮面も衣裳も、全てが見事に美術的に統一がとれていて、一場面一場面が絵になるのであった。しかしながら、内容がお粗末なのであった。だから、長嶋社長の基本的な考えは正しいと今でも思う。制作費が少なく、見劣りするところはあったかもしれないが、木馬座の作品は、内容的には悪くなかった。やはり、哲学は不可欠であると思う。
 新作の出し物が決定された時、私たちには予感があった。その作品は成功しないのではないか、という。そして、その予感は大体当たってしまったのである。この作品の後に年末の新作として作った『スサノオのぼうけん』が大変な失敗作になってしまったので、それよりは順調に見えはしたのだが。原稿は社長が一部書き直すことになった。初稿は今までいくつもの台本を手がけてきた稲坂良弘氏のものだったが、社長のお気に召さなかったのである。初稿がどのようなないようだったかは、我々は知る由もない。社長は自らも詩を書き、その伴侶も文章を書くような女性だったので、自信は相当にあったものと見える。
SSCN0151.JPGこの写真は木馬座だよりNo.9(1978.1.1)に載っているOK氏の書いた挿絵と、脚色の稲坂良弘氏の文章である。
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コメント 18

mimimomo

明けましておめでとうございます^^
本年もよろしくお願いいたします~♪
確かにこう言う子供向けのお芝居だけでなく、哲学は大事ですね。
一本芯を通すと言うか・・・
by mimimomo (2009-01-04 05:06) 

Krause

新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
by Krause (2009-01-04 06:32) 

doudesyo

明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

劇団には直接関わる事はありませんし今もないのですが、なぜかアニメーションをはじめ映像関係には関わります。(プロとしてではないですよ)今の言葉ですとクリエイター関係(しつこいですがプロではないです)の人たちと関わる事が多いのです。作品を見ていても技法技術に長けた人、内容が素晴らしい人、新たな試みをする人、何やってるのか理解できない人など様々です。しかしながら観客を動員して食べて行かなければならないとなるとシビアですね。哲学も必然性はよく分かりますし、子供らにたいする教育観においても理解できます。ただ、作品の評価において自分たちがコントロールできる範囲にあればいいのですが、手元を離れ独り歩きすると難しいですね。また、その時の社会や地域の影響もかなり受けるので、日本ではダメでも世界では通用するといったこともよく耳にする事だと思います。
あ、正月早々から長くなりました。まとまった意見にもなりませんでしたが、いつも面白い記事なので書き込んでしまいます。すみません。
最後の写真のイラストですが、白鳥はコブハクチョウですね。
by doudesyo (2009-01-04 08:54) 

ぼくくま

新年あけましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い申し上げます。

哲学と言うとニーチェの「力への意志」とか「ツァラトゥストラはかく語りき」
を読んだくらいでどこからどこまでとは言えないのですが、
長嶋社長殿の方針またはコンセプトは素晴らしいと思います。
何かを創造しようという仕事に携わっていたらやはり
こういうのは必要だと思うんですよね。
それこそ、派手な演出の見た目だけを追求したら
中身が薄くなるのは目に見えていますよね。
by ぼくくま (2009-01-04 09:14) 

lapis

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

by lapis (2009-01-04 10:28) 

旅爺さん

確かに面白くなかったりディズニーの真似事だったりすると
睡魔に襲われますよね。 身を乗り出して見るような芝居って・・難しいでしょうね。 今流行の綾小路きみまろみたいに行くといいけどね。
by 旅爺さん (2009-01-04 10:30) 

旅爺さん

nice!が表示されません。
by 旅爺さん (2009-01-04 10:31) 

ラナ

あけましておめでとうございます。
今年も宜しくお願いいたします。
by ラナ (2009-01-04 13:25) 

夢空

あけましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いします☆
by 夢空 (2009-01-04 19:39) 

yoku

>確固たる信念がなければならない。これは言い換えれば哲学

このことは、すべての表現芸術(芝居、TV、映画なで)についていえるかもしれません。しかし、なんと哲学が見えるものが少ないことでしょう。

by yoku (2009-01-05 05:59) 

kakasisannpo

新年明けましておめでとうございます、本年もよろしくお願いします
by kakasisannpo (2009-01-05 19:54) 

olive

明けましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
子供向けとはいえ、いえ、子供向けだからこそ
きちんとした哲学と飽きさせない楽しさが必要なんだと思います。
by olive (2009-01-05 20:21) 

旅爺さん

おはよう御座いま~す♪
爺は年のせいか勘違いばかりですが、コメントでアヨアン・イゴカー さんに
救われた感じです。 年取りたくないね~~~~~~!”
by 旅爺さん (2009-01-06 07:00) 

aranjues

あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
最近、どんなおもしろい映画を観ても、
感動的な音楽を聴いてもあの暗い中にいると
必ず睡魔に襲われます(-.-)。
by aranjues (2009-01-06 08:53) 

lamer

2009年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
by lamer (2009-01-06 19:25) 

アリスとテレス

昨年はご訪問いただきまして有難うございました。
今年もよろしくお願いします。
by アリスとテレス (2009-01-06 20:13) 

SAKANAKANE

>それを見た時、どうして妖精が登場し、踊るのだろうと疑問に思った。
私も、いつもそのように思ってしまいます。
>原作者を冒涜しているとすら考えてしまった。
こちらも、甚だ同感です。
新作の出し物が決定された時点で、失敗がおおよそ予感できてしまうモノなんですね。(『スサノオのぼうけん』は、タイトルだけで難しそうな気がしますが・・・)
by SAKANAKANE (2009-01-10 14:11) 

アヨアン・イゴカー

皆様、明けましておめでとうございます。
お茶屋様、Krause様、toraneko-tora様、couperin様、さとふみ様、lapis様、gaiagear様、春分様、orange-beco様、yamatatn様、ChinchikoPapa様、野うさぎ様、mitu様、ラナ様、lamer様、アリスとテレス様、サチ様、piattopiatto様、duke様、mompeli様、イリス様、デザイン屋様 nice有難うございました。

mimimomo様
やはり、子供の為の作品であろうが大人であろうが、一本の芯が必要だと思います。

doudesyo様
仰っている意味、とてもよく分かります。食べてゆく為にはある一定のところで妥協がありえるのです。
土台、その時には絶対に好いものと思っていても、人間は時代や世の中の流れで考えが変わるものなのですから。

ぼくくま様
制作も営業も役者も皆社長とは見解の相違することがあり、対立することもありましたが、信念を持った人間がいなければ会社は存続意義がなくなってしまうと思います。

旅爺さん様
物まねも、憧れから発しているのでしょうが。ディズニーの物が好きな人にとって見れば素晴らしいと思えるのでしょうが、私の場合には台本の原作の方が重要だったので、上記のようなことを感じた訳です。
身を乗り出してみたくなるような芝居、それは本当に少ないのではないでしょうか、好き好きがあるでしょうが。

yoku様
>すべての表現芸術(芝居、TV、映画なで)についていえるかもしれません。しかし、なんと哲学が見えるものが少ないことでしょう。
まったく同感です。
何にでも哲学がなければならないと考えている訳でもないのですが。息をつけるものも必要ですので。

olive様
仰る通りです。
仲人をして下さったOKさんと絵本の絵についての話をしたことがあります。
OKさんが絵を数枚見せてくれて、どれが好きかと言うのです。私は、一つの絵を指して、この絵が好いですね。他のは上手いかもしれませんが、好きではない、と答えました。その時、OKさんは、こう言いました。「そうだね。この絵には遊びがあって好い。他のは描いているだけで、遊びがない、絵描きに余裕がない。」

arajues様
暗い場所は、生物にとって格好の寝場所ですものね。
眠気を払うような作品ばかり聴いていると、疲れて寝てしまいます。

SAKANAKANE様
『スサノオの冒険』は後で題名を変えることになりました。東映の漫画で『わんぱく王子の大蛇退治』と言うアニメーションがあります。社長は恐らくそれを想像していて、子供にも訴えるだろうと考えたのだろうと思われます。後日少し、ご紹介できると思います。
by アヨアン・イゴカー (2009-01-11 20:48) 

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