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吉江新二遺作展を見に行く [随想]

SSCN3685.JPG 昨日2017年10月28日の土曜日は、四谷三丁目にあるTS4312で開催中の『吉江新二遺作展』を見に行った。もっと早く行く予定をしていたが、風邪を引いたり、総選挙があったりで昨日行くことになった。
 地下鉄丸の内線の四谷三丁目駅から徒歩1分、サワノボリビルと言う細長いビルの9階。午後二時頃に到着したのだったが、入口には沢山の靴が脱いであって、右側の部屋には年輩女性が並んでずらりと坐っていた。
 伯母が入口にいて、私の顔を見ると、名前までは無理だったが、伯父の妹の息子であることは一瞬で思い出してくれた。90歳を過ぎているとはとても思われない元気さである。母は脚が悪くて、手押し車がなければ外出できないのと比べると、本当に元気だ。
 私はこの展覧会をブログで紹介したいので、写真を撮ってもよいかどうか伯母に尋ねると「あら、なんだかこういうのよく分からないわ。」と言って店主の男性に「なんだか、ブログに載せたいから写真撮りたいって言ってるけど」と繋いでくれる。「どうぞ。」と言われたので、私はどんどん撮る。しかし、三脚があるわけでもなく、十分な照明もないため、大した写真にはならなかった。兎に角、色を再現することが難しいと思った。最初に掲載している絵は、画集によれば1964年『南仏の農家』と言う作品なのだが、青の色が全く再現できていない。伯父の絵の場合、色は特に大切な要素なので、申し訳なく思うけれども、何もないよりはましと考え載せてみる。
SSCN3684.JPG 抽象絵画を多く描いてきた伯父ではあるが、やはり根本には見ている対象があり、それを線や色で遊びながら作品にしている、そういう制作方法に思われる。実際のことは聞く機会がなく分からない。二番目の絵にしても、色を塗っていたら面白い形、配色になったので、取って置いたという感じを受ける。
 作家のノートとかメモとかは創作過程が分かり興味深いと思う。伯父をもっと知りたいと思って、ファイルにある小さな水彩の下絵なども写真に撮っていたのだったが、あまり何でも撮影するのは宜しくなかったようで中止した。
 それでも、縦笛やチェロを演奏する姿の下絵が何枚かあったので、伯父が1948年に描いた『笛を吹く少年』の完成までにはいくつか案があったことが分かったのは収穫だった。
 今回の遺作展に向けてのリーフレットがあるが、そこに伯母が伯父との「つきあい」のはじまりという短文が載せられている。私は伯父同様、伯母が好きなのであるが、この文章を読んで、ますます伯母への関心が強まった。文章によると、 西荻窪駅そばの夜はバーになる珈琲店の店主が「ウチの客で誰が好き?」と尋ねられ「フルートさん!」と言った途端、熱烈に好きになってしまったと言う。なんと素敵で情熱的な女性だろう。

 伯父が当時からフルートを吹いていたことが、これで分かった。( このフルートは後日、伯父が私に貸してくれて、私がフルートを練習するきっかけになった。)伯母の父親は武士の家系、母は商家、江戸時代で言ったら士農工商の、貧乏士族と裕福な商人の結婚で、母は喜んでいたようですよ、と伯母は楽しそうに言う。伯母には姉が二人?いて、「姉たちは美人だったのよ、あたしが一番不美人なの」とも。「母は彫り深い、インド人のような顔だったの。」この不美人だという伯母でも、私の姉や母は伯母は都会的で、洗練されていて、とっても素敵な女性なのだが。伯母は私をこの場にいた都立新宿高校の卒業生(店主以外は全員女性)たちに私を紹介する時「吉江が一番可愛がっていた妹の息子さんですよ。」と、伯父と母の関係をしっかりと説明してくれた。
20171028sat撮影TS4312にてSSCN3682.JPG 母と私は、私が中学生の頃だったか、私の将来のことを相談するために新宿高校の伯父を尋ねて行ったことがある。あれは美術室だったのかどうか、イーゼルや絵具やらが置いてあったような記憶がある。
 その部屋で、伯父はフルートを取り出し、茶色く変色した楽譜を見ながら、バッハの無伴奏フルートソナタの中のサラバンドを吹いてくれた。男子学生が一人入ってきたが、そのまま吹き続け、学生は黙って演奏が終わるのを待っていた。絵を見てもらいに来たようだったが、さっと見て「デッサンがたりないね。」学生は苦笑いして帰って行った、そんな曖昧な懐かしい思い出である。
 左の水彩は、その都立高校の一室からの景色なのかもしれない。何も書かれていないのでそうぞうだけである。それでも、なぜか伯父を思い出すとき、戦後間もない頃の活気に満ちた、将来に希望をもった人々の姿が思い浮かぶのである。木下恵介監督『お嬢さん、乾杯!』に取り込まれている空気が、感じられる。
 ちなみに、伯父は横光利一『旅愁』が好きだと言っていたらしい。20世紀前半は、日本人が欧米文化に対して大いに劣等感を持っていた時代でもあるので、心理的屈折率は、現代の日本人よりも大きかっただろうと思う。

 『吉江新二遺作展』は本日10月29日(日)19:00まで。

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映像作品のための習作『ロシア風音楽にのって』 [youtube]

DSCN3636.JPG 今日は、9月4日に書いておいた曲を、この一つの旋律に絞って書き直した。ロシア風の映像用に作った曲なので、画像もロシア風に今日描いた。猫も、前回の青猫では合わないので、ルバシカを着て、コサック帽を被った猫にした。いつもは目が見得を切っているが、今日はロシア風ということで妥協。
 場面を転換する度に、これが映像作品の監督仕事なのだと改めて思う。いつも短時間のうちに、取り込んだ写真を次々に貼り付けて作り上げているが、今後はよく考えてからにするようになるだろうと思う。
 新宿には、「ばんやきぼるが」と言う居酒屋があり、入ったことはないが、その煉瓦の壁と店の外から見える店内の様子がとても魅力的だと思っている。(以前も言及したことがあるが)あの煉瓦の前で、何か一つのショットを撮りたいと思っている。他にもそんな風に感じさせる場所がある。法政大学の市ヶ谷キャンパスの食堂や生協のある地下への通路。あそこは、ロシア文学の臭いがする。他にも横浜の六角橋、大船の商店街など、ロケーションとして絵になる。自分なりのロケーションなので、こういう場面は無数にあり、個々人によって異なるだろう。

 いつになるか分からないが、モロさんのフランス時代の一場面(画材店のエリザベとの淡き恋)を、先ずは簡単な映像作品にして見たいと思っている。


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『休日(暖かい国のように)』 [youtube]

DSCN3626.JPG 友人のホーカッサン君が高校生時代に書いた旋律を元に、少し拡張して編曲した『休日(暖かい国のように)』。
 彼はこういう素直な旋律をいくつも書いた。一方、私はいつも少し捻くれた旋律だった。
 考えてみると、面白い。私はクラシック音楽が断然好きだったが、彼はポピュラー音楽も好きだった。今では私もポピュラー音楽の中にも、沢山の名曲があると思うが、当時は関心がなかった。
 左の写真は、我が家の猫君、@M君(アトム君)。気温が下がると俄然人懐こくなり可愛くなるのである。
 隣の家のMay君と喧嘩するのが趣味。May君は強くないのに、我が家にやってきてはアトム君にチョッカイをだしてはうーうー唸るので、五月蝿いったらありゃしない!時々アトム君が可愛がってやろうと近づくと、それこそ空がおっこちてくるぞ、みたいな大声を二匹で上げるので、君達いい加減にしてくれ、と仲裁にでる。どっかとどっかの国も、威嚇ごっこをしていて、世界を騒がせているが、もう、本当にいい加減にしてくれ、と叫びたいところである。
 今回使ったのは、アトム君の写真と、我が家の壁に貼ってある世界地図。


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第16回 風景を描くペン画展  [日記・雑感]

DSCN3622.JPG 今日は、夏からその開催を気にしていた風景を描くペン画展を見に、中央線国立駅前のコートギャラリー国立は行ってくる。昨年モロさんが言っていた様に、展示会場は2箇所を借りて、作品数も倍以上出されているようだった。クラスがあるので15:30以降でないと在廊しないということだったので、15:15頃の到着を目指した。乗り継ぎがよく、15:00には到着した。
 着いてからは、ゆっくりと作品を鑑賞する。
 殆どの作品が黒一色だが、何点かは水彩絵具で彩色されている。その色付けも手慣れたもので、光の調整もよく、見事な作品があった。
 奥の方の展示会場にあったA氏の作品は、他のペン画教室の受講生が盛んに感心しているくらいで、本当に細部の線まで気を緩めずに描いていることが分かり素晴らしい技術だと思った。作品が力強くなるための必要条件は、基本を丁寧に、徹底して妥協しないことかもしれないと思った。線にばらつきが少なく、あるべき線があるべき箇所に引かれている。
DSCN3624.JPG 雨上がりの国立新美術館テラスを描いた作品があったが、この方の絵は濡れた水の表現が見事だった。水の質感、濡れた床が良かった。この方は、フランスのどこかの街の交差点風景も描いていたが、展示されていた人たちの中では、唯一人間を風景としてではなく人間として描いていた。人には得意不得意があるので、人間を苦手とする人もいる。無機的なものを苦手だと思う人もいると思うが。
 水準の高い受講者もいるが、彼等は熱心で一日中ペン画を描いているそうで、まるで職人のようだと思う。
 モロさんの作品とペン画教室の受講者の方々の作品との違いは何かという事を何度か考えてみた。結論は、モロさんの絵には、対象として表現されている風景以外の詩情、物語性、遊びがあるように私は思うのだが。
 左の写真はTALENS CLUBの小冊子TCの取材を受けたモロさん。
 会場の一角にあるテーブルの所に坐って、一時間以上話をする。次なる共同作業を何にするか。文章作品『ペン画物語』は一旦保留にし、まずは短い映像作品でも作ってみましょうか、と言う話になる。もし『ペン画物語』(モロさんの伝記)を映像化するとなると大変なことになるので、比較的簡単にできる一部分だけを撮影してみるのはどうか。こんな話をして少しだけ盛り上がる。私が比較的直に映像化できそうだと思う場面はパリの屋根裏部屋でひたすら絵を描くモロさんの姿。もう一つは画材店で店員エリザベと言う若い女性に会い、淡い恋心を抱いたあの出来事を"Destino"風に、シュルレアリスム風に描くこと。アンリ・ルソーの『夢』のような場面がどんどん展開してゆく。暗闇を通り、深いジャングルを怪我をしながら迷いながら進んでゆくと、ついにまばゆいばかりの光を全身に浴びる。眩しい目をゆっくり開けると、自分は日本の生まれ故郷の奥多摩にいる・・・さて、どうなることやら。
 『ペン画物語』の前に、別の小作品を考えている。

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