童話『提琴弾きのアヨアン』その3 [詩・散文詩]
第二夜 ウグイスがやって来たこと
野良猫のシャブランにまるで相手にされなかったので、私はすっかり憂鬱な気分に囚われてしまいました。翌朝起きても、顔を洗ってもちっとも目が覚めませんし、歯を磨いても何だかきれいになった感じがしないのです。仕事にゆくのも嫌になって、つい止めてしまおうかと思ったくらいです。が、休んでしまうほどの勇気もなく、家でずるけていることは出来ない、そういう意気地なしの人間なのです。
この日は、職場でもまるでいつもとは違う仕事をやってしまいました。すべてに無気力で対応し、返事も生返事ばかりで女子社員に「アヨアンさん、今日は元気がありませんが、どうしたんですか。」と言われる始末。下らない冗談を三連発言ってごまかしました。
帰宅後は、食欲もないので、夕食もとらずに水道水をコップで一杯飲んでから提琴の練習を始めました。カイザーの練習曲などを先ず練習です。その後クロイツェルです。何時間も連続してやっていたので大分疲れてきた時でした。ガラス窓をトントンと突く者がいます。
ガラスの外からウグイスが覗いていました。
「なんだい、こんな夜に。君は第一、昼の鳥だろうに。」
ウグイスは小さな鳥ですが、あの素敵によく通る声で言いました。
「アヨアンさん。私はまだ若い雄で、ちょっとお願いがあるんです。」
「お願い?」
私はここで、ゴーシュの所へやって来たカッコウのことを思い出しました。ははん、つまり私が正確な音を出せるようにするための使いだな、と。
「音程がしっかりとれないので、一緒に練習させて頂けませんか。」
「音程か。それは基本中の基本じゃないか。まぁ、そういうなら一緒に練習してもいいが。」
私は早速、バイオリンでホーホケキョと弾いてみました。すると、案の定ウグイスは言いづらそうな顔をして
「先生、少しだけずれているような気がします。」と言って、ずれている音程を微妙に模倣してみせる。確かに、彼の音程の方が正確な気がしたので
「君はなかなか耳がいいねぇ。全体、その能力は生来のものなのかねぇ」などと言ってごまかします。尤も、小鳥に音程を直されるという屈辱が私を随分真剣にさせました。もう一度これで文句はないだろうと言うくらい正確にやってみました。
小鳥は本当に申し訳ないという顔つきで
「先生、それでほぼいいのですが、百分の一ほどずれているようです。」
「百分の一。」
「えぇ、僕たちの仲間では千分の一の誤差でもあれば、馬鹿にされるだけではなく、恋人ができないんです。ですから、結構僕たち命がけでやっているんです。きょきょきょ。」
違いがなかなか分からない私は小鳥の言うままに、指の位置をしっかりと確認して練習しました。五十三回やったところでウグイスが嬉しそうに頷いてくれました。その時の嬉しさは、まぁ言ってみれば、険しい山道を登り切ったような、そして眼下に美しい森が広がっているのを見ているような感じでしょうか。
これが出来たので、もう一度やってみると、小鳥が音程を半音上げます。
「どうして、音程を上げるの。」
「だって、こうしなければ僕がいることが恋人に分からないじゃないですか。恋敵が居る時は、彼の声よりも高い音を出さなければならないんです。これは蛙でもウグイスでも同じなんです。」
「なるほど。では、私も君の恋敵になりましょう。」と言って半音の四分の一高くしました。すると小鳥も更に半音の本文の一上げます。私は更に半音の六分の一上げます。ウグイスは平気な顔でまた同じだけ上げます。二人とも意地になってどんどんあげてゆきます。私はハーモニクスを使って音を上げますが、かすれた音になってしまいます。一方彼の声の方がもっと美しく一つ一つの音が正確に聞こえるのです。
私達は、お互い心底疲れるまでこんな練習を一緒にしました。
ウグイスは満足すると、またやってきますので、宜しくお願いしますと言いました。私も勿論、一日で技術が身に付くわけもないので喜んで「こちらこそ宜しくおねがいしますぜ。」と彼に敬礼して言いました。
そして、私達は一週間ほど音程の練習を競ってやったのでした。
53回目で合格というのが,意味深です。
ウグイスの方も練習して切磋琢磨ですね。
by Enrique (2014-08-14 08:34)
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皆様nice有難うございます。
by アヨアン・イゴカー (2014-08-18 23:25)
Enrique様
春になると近所で若いウグイスが一生懸命に練習しているのを毎年聞きます。私が少し高い音でさえずりを模して口笛でを吹くと、鶯も必死になって競争するように囀るように聞こえます。悪戯して、音程を少し上げると鶯も上げるようです。それを思い出しながら書きました。
by アヨアン・イゴカー (2014-08-18 23:30)