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北海道の思い出 その24 [北海道の思い出]

 今回は、この『北海道の思い出』の中で、最も書きたかったものの一つである蛸部屋の話。話だけしか知らないが、この話の糸を手繰ってゆくと裏の社会の一部が分かるだろう。

タコ部屋からの生還者
 

 この人物のことを書こうと思ったら、本当は一冊の長編小説が十分に書けるだろう。それほど多くの苦労をしてきた男なのである。しかし、残念ながら私はこのI沼の親爺については、微かな記憶しかない。殆どが母からの受け売り情報である。

 母親が飯沼の親爺に出会った時の第一印象は、人相の悪い薄汚い人物だなぁ、と言うものだった。確かに、写真で見た限りでは、非常に野性味溢れた労働者で、最近近所ではあまり見かけない風貌である。尤も、私は日本人の顔はちっとも進化していないので、背広を着てもらえばそれなりの格好になり、違和感は何もなくなるだろうとは思う。彼の好物は生卵で、我が家へやってくると「H氏、生卵くれや。」と父に頼んだ。卵を渡すと、地面に落ちている錆びた折れ釘を拾って、卵の一方の端に穴を開けて、そこに口をつけてずるずる中身を吸い込むのである。その様は私も目撃した。私たち兄弟も真似をしてみた。美味いとは感じなかった。

 このI沼の親爺は、上美生で暮らす前には、タコ部屋で働いた経験があった。太平出版の『実録土工・玉吉タコ部屋半生記』に描かれている事柄は、私が母から聞いているタコ部屋に関する情報の断片と一致する。高田玉吉が歩いたタコ部屋現場と言う地図が掲載されているが、一九三〇年十月から一九四四年六月まで彼は北海道の飯場を転々とする。十勝川の上流から順番に見てゆくと、清水の護岸工事、中士幌では道路開鑿工事、上士幌では鉄道工事、帯広で十勝川堰堤工事、札内で砂利採取、高嶋で水門工事に従事している。我が両親が北海道に渡ったのは一九四五年九月であり、I沼の親爺に初めて会ったのもこの年である。年代が殆ど同じなので、I沼の親爺は土工玉吉にどやされたことがあったのかもしれない。

 タコ部屋の様子を『実録土工玉吉』から少々引用によって見てみる。

 

DSCN2109.JPGたとえタコに売られるにしても、医師の診断書と警察の点検をとって現地の買い方に行くのが決まりなのです。そうでないのはヤミ取引です。いわゆる「半ダコ部屋」というので、これが一番悪質で恐ろしいのです。運悪く病死や虐殺、逃亡に失敗して殺されても、警察に届けていませんからそのまま無縁仏になるからです。この時も警察を通らず、半ダコ部屋だったのです。p22

着いてみると、それは祭りの見世物小屋のようなバラックです。・・・追いたてられて

小屋の中に入るとこれはひどいおそまつ。どこもかしこも赤粘土だらけです。・・・炊事場のほかには、火の気があるのは土間の中に一個所だけ。・・・組長と幹部連中の様子が、次第に荒っぽくなってきて、「みんな濡れているものは今のうちに乾かせ、でないと後ではどうもならんぞ」、と怒鳴りつけます。p23

 起床!何時かわかりません。時計などは預けてあり、外は真暗。ランプが三つ灯っています。四十数人の人間が十五分ほどの間に食事[朝食は立ったままでとる]が終わり、大小便も早い者勝ちですんでいます。・・・地下足袋で川中に入り、昼食を食べる時だけは陸にあがりますが、そのほかはアヒル[川の中に入っているの意]です。昼食も食べながらふるえている。

 幹部四人のうち、二人は馬上で見張り、馬の鞍には銃をつけていて、いつでも発砲できるようになっています。警戒はとても厳重です。p25

 足指は水虫、手の指は皮がはがれてぶよぶよですが、水虫はどんなきつい水虫でも白ペンキで治る。私も強い水虫で閉口しましたが、知らない間に治りました。p26

 

青年高田は、小林兄ィが二人で一枚しか許されていない布団をもう一枚ごまかし、それが発覚したために、ヤキをいれられる羽目になる。

 

 炊事さんは、一枚一枚調べながらきます。私たちの後ろに来たときは、針の山に座っているようでした。「ありました。小林と高田です。」

 その時の私の気持ちを想像して下さい。私は即座に親方の前に出て、平身低頭して謝りました。

 その後はあまり記憶にありません。水を掛けられて土間に転がっていたようです。体のあちこちから血が吹き出て、目も片方、口は切れるし、背中は火のように熱い。腕と足だけはそれほどでもありません。鬼の河合の本領を発揮したのでしょう。殴った凶器は焚き火の薪でした。・・・二九頁から三十頁

 ふと、ある思いが頭の中を走りました。

 - 逃げよう。・・・

 今だ - ほんの一瞬です。足には十分自信がありました。南の方に向かって、一気に飛び出したのです。何が何でも走らなければー命がけです。・・・突然、後方で銃声がして、初めて後ろを振り返りました。・・・三十一頁から三十二頁 

 以上の引用から、タコ部屋の生活がどのようなものかの一端が推し量られる。このような過酷な労働条件で、I沼の親爺も働いていたのである。そして、殺されてしまいそうなことに我慢が出来なくて逃亡を計画したのである。母の話によれば、I沼の親爺はスコップの先端を鋭くぴかぴかに砥ぎ上げて護身用の武器にしたそうである。スコップを持って便所に入り、追いかけてきたらその切っ先で突き刺してやるつもりだった。頃合を見計らって、飯沼の親爺は脱走し、スコップを持って逃げた。この脱走は成功したのであった。玉吉の場合と同じように、見張りが銃を持っていたので、見つかれば射殺されていた可能性もある。そして人柱にされて、地中に砂利と一緒に埋め込まれてしまった可能性も。北海道では、道路には人柱として土方の死体が埋まっているらしいという噂がある。因みに、人柱とは、本来水利土木などの大工事に、柱を強めるために人を生きたまま埋めること、と小学館日本百科大事典には書かれている。子供の頃、人柱と言う言葉の響きが、なんとも言えず空恐ろしかった。
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mimimomo

おはようございます^^
タコ部屋って聞いた事はありますが何のことか知らなかったです。
テレビの時代劇で見る贋金作りや島送りになって働かされている雰囲気でしょうか。
by mimimomo (2012-12-16 08:13) 

海を渡る

こんばんは。
いつも愉しく読ませて頂いてます^^。
巨石群を見るとつい調べてみたくなります^^。
by 海を渡る (2012-12-16 19:26) 

旅爺さん

おはよう御座います。
子供の頃から聞いてますが、相当に悲惨な状態であったことが伺えます。
今はテレビで選挙結果を聞きながらやってます。
by 旅爺さん (2012-12-17 05:52) 

Enrique

タコ部屋という強制労働の実態は,歴史の暗部として,タブーとして忘れ去られかねません。とある超一流ゼネコンでは,タコの人を丁寧に扱ったというのが社の誇りのようですから,実際にはこちらの記事にあるような非合法的なタコも相当にまかり通っていたということですね。
by Enrique (2012-12-17 12:18) 

扶侶夢

決してそんな昔の話ではありません。現代にも十分存在しています。

人柱という言葉には確かに空恐ろしい感じをうけますね。実際に私の住む地域でも橋の建設のために人柱を捧げたという話が伝わっています。
by 扶侶夢 (2012-12-17 19:16) 

CountryBoy

人間と言う動物は、きっかけさえあれば何処までも残虐に
成れる生き物なのですね・・・・。
by CountryBoy (2012-12-17 20:15) 

般若坊

網走にいたことがありますが、網走刑務所の朝 虚無僧笠に腰縄付きの受刑者が、一列になって屋外作業に出掛けるのを目撃したことがあります。もう60年以上前ですが・・・
今なら人権がドウノコウノって大問題になるでしょうが当時はそうでした。ここに描かれているタコ部屋以上に劣悪な環境で、北海道の鉄道や道路開拓を身をもって切り開かせられた事を知りました。
何キロ毎に一人の骨が埋まっているとか・・・・

by 般若坊 (2012-12-17 21:28) 

アヨアン・イゴカー

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皆様nice有難うございます。
by アヨアン・イゴカー (2012-12-24 00:42) 

アヨアン・イゴカー

mimimomo様
本で読む限り、自由を奪われた強制労働で、奴隷のようにも思われます。
(母も実態は知らず、聞いたことがあるだけです。)隔離された別世界のような、地獄のような世界だったようです。

海を渡る様
巨石と言うのは、独特な、特別の魅力を持っていますね。

旅爺さん様
蛸部屋は、一定の年齢以上だと、聞かれたことのある方がいらっしゃるのでしょうね。

Enrique様
蛸を丁寧に取り扱ったのが社の誇り・・考えさせられますね。奴隷を公認しつつ、丁寧に扱ったのが誇り、と言っているようにも聞こえます。
事実を知らされずに原発事故の処理に派遣された人々にも重なってしまいます。

扶侶夢様
今でもこのような条件で働いている人々は、世界のあちこちにいそうです。
人柱と言うのは、子供の頃兄が、そのようなことを話していた記憶があります。北海道出作られた道についてだったと思います。

CountryBoy様
人間が人間に対して一番残酷になれる生き物だと、常々思っています。
人間には自分のなした悪を正当化する、屁理屈を並べる能力が卓越しているからです。

般若坊様
やはり、北海道の道には人柱が埋められているのでしょうね。火のない処には煙は立ちませんから。
by アヨアン・イゴカー (2012-12-24 00:59) 

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