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北海道の思い出 その17 [北海道の思い出]

  濃縮ジュース 

 農作業をしていると、当然大量の汗をかく。そして、その汗は、太陽の紫外線と共に衣服を疲弊させる。母は、東京からもってきた綺麗なシャツも農作業をする時に着ていたら、やがてぼろぼろになってしまったと言っていた。夏は北海道でも気温は可也上昇する。そんなある日、父は赤橙色の液体の入った小瓶を買ってきた。この小瓶は一枚の厚い台紙に凧糸のような紐で上と下の二箇所が固定されて、数本が並んでいた。井戸で空の一condensed  orange juice.JPG升瓶にその小瓶の蓋を取って赤い液体を注ぎ込むと、続いて井戸水を漏斗で入れる。そして、親指で口に蓋をすると、上下に勢いよくふった。底に沈殿していた濃度の高い液体が均等に広がる。これでオレンジジュースの出来上がりである。湯飲み茶碗にこの橙色の液体を注いでくれる。極楽の美味さである。甘いものをもっとも美味しいと感じる子供の頃に、この毒々しいジュースは最高だった。考えてみれば、当時は食品衛生法なども厳しく適用されておらず、着色料、人工甘味料、防腐剤などは使い放題だったのではないだろうか。色も毒毒しい訳である。それでも、そんなことはとんと構わない、呑気で危険な時代だった。だから、今でも一升瓶にはいった液体を見ると、懐かしさと、飲んでみたい衝動に駆られるのである。

  恐ろしい話 

 母から聞いた話は、終わりは明るいが一寸恐ろしいグリム童話やら日本昔話や安寿と厨子王の出てくる『山椒大夫』もあれば本当に恐ろしい話もあった。恐ろしいと思ったのは、実は実際にあった話として語られるものであった。気が狂った亭主が、その女房を包丁で切り刻んで煮て食べてしまったと言うものは本当に恐かった。何故か本当にありそうな気がしたためである。アイヌ神話を子供用に再編集した『黄金の首飾り』の中には、次のような物語があったと思う。鬼が罠に掛かった樵を担いで持ち帰る。食べようと思って縛って転がしておくが、樵を料理しておくように命じられた鬼の子供たちを騙して縄を解かせ、自分の代わりに子供たちを切り刻んで煮てしまう。それ帰ってきて知らずに食べて「俺の味がする。」と鬼が呟く。樵はなんとか逃げるのである。私にはこの鬼は現実の存在だった。決して物語り中の架空の話ではなかった。もし、父が発狂して、母を食べてしまったら、と想像して私は恐くなった。鶏にやる餌を煮る黒い鉄の鍋。中には鉞南瓜やら馬鈴薯やら魚の骨や頭が放り込んであった。その中に更に・・・と想像する。具体的な心象となって、その心象が残像となって繰り返され、私にのしかかってくるのだった。

 もう一つの恐ろしい話は、開拓者たちが羆に襲われ食われた話である。全員が食い殺されたのかどうかは分からないが、子供の時は全員が食われたのだと理解していた。我両親のように、都会から引っ越してきて、開拓をしようと集まった女子供たちが、ある日何かの集会で部落の会館に集まっていた。そこへ羆が現れた。羆は遠巻きにしていたのだったが、この女性たちの中に勇ましい人が一人いて、動物は火を恐がるので、火を見せれば追い払えるそうだ、と言った。そして、その言葉を他の人々は信じた。その結果、この蛮勇のあった女性はストーブの火を薪に付け、羆に向かって振り上げた。何と、これが羆を刺激してしまった。羆は木造平屋の会館に突進し、会館の中に入ってきた。逃げ惑う人々は次々と熊の犠牲になった。

 母は続けて言うのだった。熊に襲われたら、木に登ってはいけない、なぜなら熊は高名な木登り名人だからである。或いは、走って逃げてもいけない。熊は脚が早いからだ。死んだ真似をするのが一番いい。などと実しやかに教えてくれた。また、あるアイヌの樵は山で羆に遭遇し、熊の胸座に飛び込んで持っていた手斧で熊を仕留めた、尤も熊がこの樵を両前足で掴もうとした時に、彼の身体に熊の毛が刺さったのだ、とその跡を彼が母に見せて呉れたことがあると言っていた。私の母は、子供の頃喉に刺さった魚の骨を直径三センチもある骨だと表現して皆に笑われたと言っていた位の拡声器なので、全部が全部正くはないかも知れない。

 恐い話は、良く思い出してみると沢山あった。例えば、グリム童話の中の『鵞鳥娘』。彼女の可愛がっていた話の出来る馬ファラダは悪い妃のために首を切られて、市の門に掲げられると言う場面があった。或いは、アラビアンナイトの一つだったが、王のために殺された大臣の首が、仕返しに、毒を塗った本のページを指を舐めながらめくって読むように王に忠告し、その結果、指を舐めながら本をめくった王は死んでしまうと言うような物語。生首が王に語り掛ける挿し絵が不気味だった。記憶を確かめるために書棚を探してみると、古ぼけた本があった。アルスと言う発行所が昭和二年九月三日に発行した『日本児童文庫 アラビヤ夜話』の第一話『ユーナン王と学者ヅーバンの話』である。

 他には、既に雪の思い出で書いたように、『白い樵と黒い樵』『雪女』なども北海道の厳しい冬の情景に似ていて、現実感があり怖かった。アンデルセンの『雪の女王』なども、山賊の娘が登場したりして、幼い頃の不安感を増大させた。


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Enrique

かつては着色料や甘味料,防腐剤等食品添加物は使い放題だったのでしょうね。食紅やサッカリンなどは良く使われたのだと思います。日本の復興期だけかと思ったら,アメリカ人は割とケミカルには寛容で毒々しい色(青や緑とか)のケーキとか平気で食べています。やはり今では日本人の方が自然志向なのでしょうね。

子供向けの話はよくよく考えると残虐だったりします。子供向けにあえて残虐な内容の話をするのはそれなりに目的があるのだと思いますが,感受性の強い子には強過ぎるかもしれないですね。
by Enrique (2012-07-01 20:48) 

月夜のうずのしゅげ

鬼の子をだまして殺し、鬼に食べさせる話や、小さい時は父母がたよりなのに、お父さんが発狂してお母さんを食べてしまったらと言う話は怖いですね。
熊もあなどれないし、人を傷つけると必ず、何らかの形で、仕返しが返ってくると言うのもほんとうですね。
by 月夜のうずのしゅげ (2012-07-02 10:56) 

yuyaさん

当時のジュースを見て飲んでみたくなりました。
オレンジジュースでもソーダ水でも、小瓶に入っているだけで不思議と美味しそうに感じます。
by yuyaさん (2012-07-02 16:05) 

yuzuhane

一升瓶に入った液体・・・濃縮ジュース・・・誰にでも幼いころの特別な味の思い出はそれぞれの中にあるものですよね。…怖い話も一緒に聞いてる気持ちになってドキドキしながら拝見しました。…申し遅れましたが、先日はご訪問いただきありがとうございました。
by yuzuhane (2012-07-03 08:08) 

mimimomo

こんばんは^^
子供の頃は怖いお話が大好きですね。
寝物語にせがんで聞かせてもらっていました。
毎回大体同じようなお話なんですが^^
by mimimomo (2012-07-03 18:12) 

sig

怖いお話をたくさんご存知ですね。北海道開拓の話でヒグマに襲われた家族の話は読んだことがあります。
by sig (2012-07-07 00:46) 

Kanna

怖い話といえば、昔、親戚のお姉さんが話してくれたお話を思い出しました。
合わせ鏡の中の奥深く、何番目かに写った自分の顔が死んだ時の顔なのだと教えられた時はゾッとしましたね。
しばらくの間、鏡を見るのがとても恐ろしかったです…。
by Kanna (2012-07-07 19:40) 

アヨアン・イゴカー

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by アヨアン・イゴカー (2012-07-09 01:14) 

アヨアン・イゴカー

Enrique様
サッカリンは小学生一年の時まで北海道で使っていました。確か、石炭から作り出す甘味料だということでしたが、苦味のある甘味料でした。
子供の頃恐ろしい話は、魘される原因にもなったかもしれませんが、懐かしい思い出でもあります。

月夜のうずのしゅげ様
恐ろしい話には、この世を生きてゆく為に、人間は油断をしてはいけないということの教えがあるのでしょうね。

yuya様
あの瓶詰めの濃厚ジュースの後、渡辺のジュースの素という粉末ジュースが発売されました。あれが結構毒々しい色をしていて、オレンジ味、葡萄味、サイダー味などがあり、私たち子供は暑い夏にそのジュースを水に溶かして飲むのが楽しみでした。

yuzuhane様
よい悪いは別にして、子供の頃に経験した事柄は、人生の途中まで、或いは最後まで価値観の一部になって、残滓となっているもののようですね。

mimimomo様
恐い話より、楽しい話が大好きでした。母に、グリムの話をしてもらうのが、とても楽しみでした。

sig様
ChinchikoPapa様に教えて頂いたのですが、『羆嵐』『羆風』の話早速wikipediaで読みましたが、恐ろしい人食い熊の話ですね。sig様も、この話を読まれたのですね。人食い羆退治に軍隊まで動員したというのは、凄い話です。今度図書館で借りて来て読んでみようと思います。母の話は眉唾もののことが多く、正確さに欠けていることが多いのです。

Kanna様
合わせ鏡の話、恐いですね。でも、何だかとても絵画的な話に思われます。
by アヨアン・イゴカー (2012-07-09 01:33) 

zenjimaru

こんにちは
ご訪問とniceありがとうございます。
アヨアン・イゴカーさんの文章は高尚で難解な話が多いのですが、これは分かりやすい(笑)
絵画、作曲、小説、脚本など芸術に造詣が深く、その才能には驚くばかりです。
ここに出てくる開拓民の羆被害ですが、私が初めて読んだ吉村昭の「熊嵐」はその面白さに一晩で読んでしまいました。吉村氏の作品は史実に沿ったものが多く描写も簡潔・リアルで犯罪小説などその場にいるかのように恐怖感を感じます。
新百合の図書館に「熊嵐」が置いてあったと思いますので一読あれ^^
by zenjimaru (2012-07-09 11:31) 

桜貝の想い出

ジュースの件で、北海道に住んでいた幼い頃に食べていた原色のマーブルチョコレートを思い出しました。
今はずいぶん大人しい色のマーブルチョコレートになりました。
海外に行くと原色のお菓子やケーキがたくさん売られていて驚く事がありますが、恐いもの見たさに買って食べてしまう自分が居ります。

大人になってから童話を読むと子供の頃とは全く違った視点で読める事に最近気付きました。この「恐ろしい話」を読ませていただいて、また童話を読んでみたくなりました。

by 桜貝の想い出 (2012-07-10 19:25) 

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