SSブログ

馬男 [短編小説]

馬男の話               2011/07/29   金曜日

 私は腕はいいが、口の悪い、荒っぽい外科医である。外科医と言えば人間の医者であるはずなのだが、不思議な患者ばかりが私の所へは来るのである。外科医ではあるが、それなりに内科や精神科の知識もそこそこあるものと自負している。

蒸し暑い日が続くと、痴漢やら露出症が顕著になるが、もう殆ど変態とか変質者と呼んだほうがよいような奴等がやって来る。しかし何故奴等が私のところへやって来なければならないのか、それが理解できない。類は友を呼ぶという諺もあるくらいだから、奴等とは自分自身のことなのかもしれない。

ところで何故奴等などと言うか、そんな失礼な呼び方を患者様という顧客に対してするのか。パーフェクトカスタマーサティスファクションなどと言うビジネスにとって都合の好い言葉が使われる時代に、なんと失礼極まりない言葉を使うのか。それは、どうしても人間とは思われないからなのである。一例を挙げれば、明らかに豚であるにもかかわらず、酷い厚化粧をして、人間の振りをしてやってくることがあるのである。それも、よせばいいのに随分色気たっぷりで、科を作って「あたいね、ブキっ。痩せたいのに服が邪魔して痩せられませんのよ、センセ。ブキっ!」などと嘆くのである。時々、あの偶蹄目牛目の二つに割れた蹄で耳の後ろを掻いたりする。顔からは玉のようになって汗が噴出し、塗った白粉が流れてゆく。猪亜目の動物の来院数が圧倒的に多いのだが、奇蹄目もやってくる。勿論、猫娘だとか、犬男もやってくる。それはまた別の機会に。

さて、三年前の真夏にやってきたのは、馬だった。黒々とした鬣が首筋に生えているので否定しがたいにも拘らず、この男は自分が人間だと主張して譲らない。もう面倒くさいので「で、どうしました?」と聞くと、最近自分の両目が左右に寄ってしまったので、正面の画像が結び辛くなってしまっている、それをなんとかするために手術して欲しい、と言うのである。「しかし、今のままで宜しいような気もしますが。本来、生まれた姿というのは一定の目的があるわけで、どのような器官でも、それなりの用途があります。この世に無意味に生まれてくる存在がないように、不便な目でも、実はそれを補って余りある別の用途があるのですよ。そもそも両側についていたほうが、視野が広角になりますから、ライオンやハイエナなどの敵の姿を見つけやすい訳ですよ。」私がそういうと馬男は酷くいきり立った。「俺は人間だ。どうして俺の敵がライオンやハイエナでなきゃならん!?」私はにやりとして「別に、ライオンやハイエナでなくってもいいのですよ。男は閾をまたげば七人の敵あり、と言いますが、敵は動物だけじゃぁありませんとも。人間の方がよっぽど凶暴だぁ。頭を使う分だけ、やることが悪辣だ。だから気をつけなくっちゃぁいけねぇ。その人間が夜道を歩いている時に襲ってくる可能性も、昨今物騒だから、ありますね。どっからテロリストが自動小銃を持って飛び出してくるかも分からない。そんな時にやはり広角の方が断然有利でしょうに。野球選手だって、広角の視野を持っていた方がやっぱり有利だと思いますがね。広角打法などという言葉があるくらいですからね。でも、その眼の位置からすると、やっぱりあんたは馬だろう?」

「何を!五月蝿い医者だ。馬鹿め!」と男は口から泡を吹き出さんばかりの勢いで言う。「馬鹿か?ははあ、やっぱり馬から自由になれないのですな?」

忌々(うまうま)しい!このやぶ医者(じゅうい)

「私はね、さっきから言ってますが、人間の医者ですよ。獣医じゃない。」

馬鹿(ひひん)馬鹿(ひひーん)、俺は獣医などと言っていない。」口から出てくる音が自分の意図している音と異なる為に、奴はすっかり逆上して額から血のような汗が滲み出てくる。それを見て私は喜んで叫んだ。「汗血馬だ。武帝の求めた汗血馬だ!私もこんな珍しい種類に出会って興奮してしまった。男はそれを見ると鬣を大きく振りながら「一体、手術はできるのか、できんのか?それをはっきり言って呉れ給え。ひひーん。」と嘶いた。

「私は医者だ、それも腕の好い医者だ。出来ん訳がなかろう。しかしね、さっきも言いましたが、そのままで十分に立派な顔だし、眼だって生まれついたものに手を加えるなんていうのは、私はよくないと思いますねぇ。」と私は彼の意志を翻そうとして言った。すると矢庭に彼は立ち上がると、後ろ足で寝台を蹴り始めた。「馬鹿野郎、ぱかぱかやろーっ!俺だってイケメンになりたいんだ。(ばふん)(ばふん)。」

horse man.JPG「ほらほら、本性がでてきちゃったでしょう。馬脚を露わしちゃった。」

「ひひーん!やいやい、手術するのかしないのか、はっきりさせろやい。」といって、今度はあの奇蹄目の蹄で私のマホガニーもどきの事務机をこつこつと叩き始める。

「や、やめて!机に傷がつくだろ。これでも結構高かったんだよ、本物の木製じゃぁないけどね。困るね、君、そういった暴力を振るってくれては。」馬男は元々赤黒い顔をいよいよどす黒く赤くして、朝食べた藁やら燕麦やらを反芻し始めた。上顎と下顎とを少しずつずらして楕円回転をさせるのである。私はその回転運動を見ていると、ケプラーの法則を思い出した。第二法則面積速度一定の法則の図は、説明を受けてもよく分からなかったが、兎に角宇宙に於ける秩序の美しさに感嘆したものである。おお、なんと美しい軌道を描いているのだろう。第三法則、調和の法則、あぁ、それはもう私の感覚的理解を遥かに超えている。しかし、やはりなんと美しいことか。

「ほら、もう君は馬だってぇことを認めなさい。そんなに器用に顎を使えるのはエクウスでなければ出来ないのだよ。エクウス・カバルス。素晴らしいよ。」そういって私は立ち上がり、馬男に近寄りながら言った。「ハグしても宜しい?」

「何だと、馬具を着けるだと?!」

「違いますよ、hugしても宜しいか、と尋ねたのですよ。」馬男はぽかんとしていた。私は彼を愛情を込めて両腕の中に抱えた。これは断じて恋愛感情ではない。生命の起源に由来する感動がそのような行為に私をして走らせしめたのである、としか言い様がない。

 

 暫くして、馬男は肩を落として帰って行った。


nice!(80)  コメント(13) 

nice! 80

コメント 13

般若坊

なんとも教訓的なお話ですね!まるで現代の世相がすべて述べられていますね!
目的のためには手段を選ばず!親からもらった立派な顔も、売れんが為には切り刻んで成形する。
・・・どちらさま・・・? あなたの娘よ! ゲッ!!!
by 般若坊 (2011-07-29 16:38) 

yakko

面白く 愉しく 読ませていただきました。(^ニ^)
by yakko (2011-07-29 18:27) 

yuyaさん

面白く感動的なお話ですね。
誰でも馬男のように美しい一面を持っていると思いますし、意味がおありだと思います。
しかしながら、綺麗になろうという努力は素晴らしく、美しいものだと思います。
by yuyaさん (2011-07-29 19:14) 

Kanna

馬男も馬男ですが、医者も医者ですね(笑)
「あなたは馬でしょう?認めなさい」の言葉を変えて、生まれつきの不細工なのを認めなさいと医者に言われたとしたら、私ならまずその時点で病院を後にしますね(笑)
馬男もそのような医者に手術をお願いせずに、別の医者を当たれば良いものを…^^;
でも確かに目の場所は治してはいけないでしょうね、機能的に(笑)
いやあ、面白いお話でした^^

by Kanna (2011-07-30 00:31) 

Enrique

なかなか男前の馬男です。理にかなった動作も美しいのですね。
美しいものに手を加えて醜くする必要も無いわけで,すばらしい医者です。でもお金もうけは下手。その評判が多くの患者の来院を呼ぶのでしょうか。
by Enrique (2011-07-30 11:33) 

niki

馬は超なで肩ですね( ´艸`)
by niki (2011-07-31 23:47) 

大善士

アヨアン・イゴカー さん こんにちは^ ^
nice & ご訪問を ありがとうございます
私はいつもnice押しボタンが探し出せないで、お許しください
どうぞよろしくお願いします。
by 大善士 (2011-08-01 10:44) 

zenjimaru

豚は豚で、馬は馬でコンプレックスや欲望があるという事でしょう^^
痩せた豚の体型や目の間が開いた馬顔がイケメンなのか疑問ですが
これは人間の世界に置き換えられますが、決して人間の世界じゃない。
人間より相当マシです・・
だって、人間は二言目には訴えるだの、慰謝料だの脅しますからね(爆)
by zenjimaru (2011-08-03 14:46) 

sig

こんばんは。
ほんとに人間的な馬が描かれていますね。
こんな目つきをした男、どこかに居そうです。
by sig (2011-08-06 21:05) 

mimimomo

おはようございます^^
不思議なお話、面白く読ませていただきました。
by mimimomo (2011-08-07 05:18) 

アヨアン・イゴカー

krause様、くらま様、般若坊様、シラネアオイ様、水郷楽人様、夢空様、kurakichi様、北のほたる様、(。・_・。)2k様、yakko様、ChinchikoPapa様、アリスとテレス様、glennmie様、plot様、Mineosaurus様、海を渡る様、Live様、ねじまき鳥様、旅爺さん様、schnitzer様、carotte様、とらさん様、よっちゃん様、りんこう様、doudesyo様、もめてる様、八犬伝様、Enrique様、リュカ様、ムネタロウ様、トータン様、今造ROWINGTEAM様、pace様、galapagos様、兎座様、さとふみ様、扶侶夢様、kohtyan様、optimist様、ゆきねこ様、てんとうむし様、siroyagi2様、silverag様、野うさぎ様、HAL様、えれあ様、takechan様、ララアント様、niki様、orange-beco様、himakko様、幸せ家族様、shin.shion様、ryo1216様、Halumi様、mimimomo様、miffy様、マチャ様、スマイル様、palette様、gigipapa様、大善士様、SILENT様、CountryBoy様、chiho様、ぼんぼちぼちぼち様、めぎ様、山子路爺様、sig様、てるせ様、ナカムラ様、toraneko-tora様 皆様nice有難うございます。
by アヨアン・イゴカー (2011-08-07 10:47) 

アヨアン・イゴカー

般若坊様
世相を反映しております。動物譚は大体アレゴリーですね。

yakko様
面白く読んで頂いて、嬉しいです。

yuya様
私も、美しくなろうという努力そのものは美しいと思います。

kanna様
皆さんからのいろいろな解釈があることが分かり、なるほどと感心しております。

Enrique様
生まれたままの状態に、神が作り出した摂理のような、合目的的な美を見出した瞬間だったのかもしれません。

niki様
そういわれれば、そうですね。

大善士様
中国語でコメントが書けるようになりたいのですが。中国の文化、好きです。

zenjimaru様
私は、どの生き物にも、生きていないものにも存在価値が厳然としてあるのだという考えを持っております。

sig様
この絵は、もともと不思議な形を描こうとしてスケッチブックに15年以上前にパステルで描いたものを流用しました。W.Blakeの蚤男に刺激された絵です。

mimimomo様
有難うございます。
この外科医の話は、何作か構想があります。
by アヨアン・イゴカー (2011-08-07 11:01) 

Sakae

「動物農場」のような、深いものを感じました!!
by Sakae (2011-08-13 17:03) 

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。