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沈み行くジャガタラ芋(の悲劇)或いはコンドルと太陽神 [短編小説]

栗の里の愉快な女房 ― パフォーマンスに参加するの巻 2010-10-23土曜日 

 女房殿は幼少の頃よりバレエや日本舞踊やらを習っていた。そのため、このようなパフォーマンスのお声が掛かったのである。

 それはもう七年も前のことである。その頃ダンスの稽古場に通ってくるようになった一風変わった男性がいた。彼は大学の講師をしていると言って、彼の名刺を呉れた。ひょろりとして、外見はまだ二十代に見えるのだが、三十路である。坊ちゃんのようだが、話し出すとまるで語り口がおっさんで、理屈っぽく、話は二転三転し、何を話そうとしているか分からない、明日のおかずの心配をしているかと思うと、スーパーカミオカンデの装置の説明を始める。それゆえ女房殿は彼に「スーパーぬらりひょん」と言う渾名を進呈した。

 この稽古場には玉川シスターズと女房殿が命名した三人の若い女性ダンサーがいた。玉川学園出身の姉妹だったからだが、一番年上のアカリはスタイルもプロポーションも抜群で身長も高く一等美人で、スーパーぬらりひょんのお気に入りだった。二番目はアケミ、三番目はトシミ。この二人はぬらりひょんにすれば、いらないオマケである。が、オマケを疎かにすると本命を靡かせることは出来ないだろうと踏んだ。アカリは公言していなかったが、既婚者であったから、それは無駄な労力であったのだが。大体人生とはこんなものである。

 彼がある日、稽古が終わってから玉川シスターズをお茶に誘った。シスターズが顔を見合わせていたら、その近くに居た女房殿にも声が掛かった。彼よりも年上であるにも拘らず、ぬらりひょんは「君も一緒にお茶に行かない?」と誘った。女房殿は察しが至ってようござるゆえ「ちぇっ、また出汁かぁ。」と思いつつも、にんまり笑って「いいっすよ。」などと学生言葉を使う。

 a sinking potato.JPG五人で行った喫茶店では、ぬらりひょんの会話が殆ど大部分を占めていた。椅子にどっかりと腰を掛けると彼は自己紹介を始めた。大学の講師であり、研究対象は演劇やパフォーマンスであり既に幾つもの論文を書いているのだ、と。ちょっとした本の書評なども書いている。研究を紹介するためホームページも作っていて、そこには彼の業績がずらりと並んでいたが、それが果たしてどれだけの価値を持つかは別問題である。

 しかし、普通の人間にとって、こんな彼と楽しく会話を続けるのは結構大変なことである。彼以外殆ど口を開かない。これは何か膠着状態を打破するものが必要と見た彼はこんなことを言った。「皆に声を掛けたのはさ、実はね、皆でパフォーマンスをしないかと思ってさ。」これには女房殿、すっかり乗り気になる。人前に出ることは大生来好きであるから。「悪くないわねぇ。パフォーマンスならば、新しい試みが沢山出来て、芸術的だものね。」と言ってのけた。「芸術そのものですよ。」とぬらりひょん。アカリも自分のダンスの発表会を控えていたのだが、大学講師と一緒にパフォーマンスをしておけば、批評を書いてくれるかもしれないと期待して「私も、新しい芸術に興味あるわ。」と言って参加を決めた。オマケの二人も「芸術ならば、私達だって負けていないわよ。」と参加することになった。

彼が「それじゃぁ、次回会うときまでに、パフォーマンスの名前の候補をいくつか考えて来て。」と言って、この日はお開きとなった。

 女房殿は帰宅すると私にこの話をしてくれた。そして名前の候補としては「ぬらりひょんと百鬼夜行」「ザボンの花、咲いたよ」「沈み行くジャガタラ芋」などを挙げた。私は早速余計なお節介をする。題名は「沈み行くジャガタラ芋あるいはコンドルと太陽神」がよい、と強く勧めておいた。

 次の集まりでは、他の人々はあまり面白い名前も考えてくることがなかったので、女房殿の案を元に議論が進められた。まず「ぬらりひょんと百鬼夜行」は彼がただちに却下した。なぜなら玉川シスターズが顔を噴出して笑ったからである。彼女達は、女房殿が彼のことをぬらりひょんと呼んでいることを知っていた。勿論彼は知らない。「ザボンの花、咲いたよ」は余りに素朴だ。晦渋であるものが好いと言うのが彼の判断であった。結局「沈み行くジャガタラ芋或いはコンドルと太陽神」に決まった。

 彼らの稽古については、簡単に述べるが、どんな打ち合わせを繰り返し、音楽を選んだり、録音したり、会場を選定し、会場と打ち合わせをしたり、運搬の車の手配をしたり、写真撮影の依頼をしたり、公演案内チラシを作り、ポスターを作ったり、照明や音響、舞台監督と言ったスタッフを決めたりしたかは省略しよう。ただ、演劇人である女房殿の働きなしにはこの公演は成功しなかっただろうと思う。

 パフォーマンスの内容、構成については、ぬらりひょんとダンサーであるアカリが大筋を決めていった。アカリはその恵まれた肉体と天性のダンス勘のよさから、例えば水に潜るカイツブリのような動きをしてみたり、あるいは海中でたゆとう海草になってみたりと、面白い動きをいくつも作り出していた。そしてこれはと思われるものがあると彼がそれを採用してゆく。出たとこ勝負のような作品作りをした。かなり偶成的な内容である。毎回異なるので、見ている方は訳が分からなくなるような代物である。これ幸いと、女房殿も負けじと、思いつきでフラミンゴダンスや、ペンギンウォーク、鳩のお散歩やらバッタの動きをするなど、工夫を凝らす。それも結構彼の受けは好かった。「それいいね!」「それ採用!」どんどん取り入れられる。

出汁の二人は、やっぱり出汁なので、人間小道具、人間大道具である。姉と比べると才能に大きな差がある。そして、肝心の大学講師であるぬらりひょんは、口ばかりで体が伴わない。おまけに、呆れるほどのナルシストで、自分の演技が美技に属すると信じているのである。これは人間障害物である。

台本作りは大変難行したが、それでも芝居をしている女房殿にとって台本は必需品であるから、何とか彼女が書き取って形ができた。

 

 公演は横浜の古風な建物の中と渋谷のライブハウスの二箇所で合計五回行われた。観客の動員もそこそこで、それなりに客席は八割以上埋まっていた。

 大学院の研究室で一緒だった仲間やら、彼の生徒やらが観客として観に来ていた。彼ら一言居士たちの書いたアンケートはこんな風だった。

 

その一)このパフォーマンスで飛田(ぬらりひょんの名前)は、何を言わんとしていたのか、それは正直、今すぐには分からない。しかし、その演技の不可解さ故に、彼はパフォーマンスに新たな一ページを開いたことになるであろう。

その二)飛田お得意の変化球、バリアシオンが随所で見られる公演であった。そして、あのペンギンウォークのあの場面における採用は、まさにコレオグラファーとしての飛田の才能の片鱗を見ることになった。

その三)あのフラミンゴダンスの諧謔精神には脱帽。抱腹絶倒。パフォーマンスで笑いは必要があるのかと言う疑問を吹き飛ばす。

その四)客席の周りから題名と内容の関連性が分からないと聞こえてきた。が、題名がなぜ「沈み行くジャガタラ芋」だったのか、問うのは馬鹿げている。それは明々白々であるからである。これは、私達が目にしていたのはまさに「沈み行くジャガタラ芋」そのものだったからである。それを問うてはならない。

その五)バッタのタンゴの時に、全員が萎びたジャガイモを掌に載せて、それを頭に押し頂いていたが、飛田の言わんとしていたことはこれだったのだ。

 

など、様々な解釈がなされた。女房殿に「アンケート、結構凄いこと書いてくれていますねぇ。」と言うと、「言論の自由は保障されていますからね。でもね、本当はやっていた方は何も考えていませんでしたよ。少なくとも玉川シスターズと私は。ぬらりひょんは、分かりませんけどね。「頭の好い人」と言うのは、理屈をつけて納得するのが得意のようですね。」と笑っている。「確かに。理由のない処、理屈のないところに理由や理屈を発見することが最も人間的な行為、能力であるかもしれませんね。」と私。

 *写真は今回の小説のために昨日描いたポスター。
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コメント 7

雉虎堂

ジャガイモ、コンドル、太陽神と
新大陸の香り満載の
パフォーマンスですね(^◇^)
モダンアートって
解釈のゲームみたいなところ
ありますよね
by 雉虎堂 (2010-10-24 21:38) 

yakko

こんにちは。公演は成功だったんですね(^。^)
by yakko (2010-10-25 15:15) 

kakasisannpo

ジャカランタの花の並木を歩いたことがありますが、きれいですね
あの青い花は 日本でいえば桐の花かな

それにしても、フラミンゴダンス 見たかったなあ
by kakasisannpo (2010-10-26 10:09) 

mimimomo

おはようございます^^
一寸複雑そうなそのパフォーマンス、わたくしも見てみたいです^^
by mimimomo (2010-10-30 05:53) 

アヨアン・イゴカー

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by アヨアン・イゴカー (2010-10-31 14:32) 

アヨアン・イゴカー

雉虎堂様
これ小説なので、実際のものは題名も内容も異なります。人物も多めですし。本当は、三人でした。
モダンアートは解釈の難しいところで、実際の作品も意見が分かれました。
博士課程にいた男性は、恐らくは意味を追求して結構真剣にやっていましたが、妻は単に楽しんでやっていました。

yakko様
公演そのものは成功と言えるのではないかと思います。当時の写真をみると、結構面白い実験的なものをやっていたのかもしれないと思わしめる出来上がりです。

kakasisannpo様
ジャカランダの花、知りませんでしたのでwikipediaで調べましたが、綺麗な花ですね。
フラミンゴダンスは私が今回作り出したもので、実際は、このようなダンスはありませんでした。それでもダンスの好きな人から見れば、多少新機軸も見られたようです。

mimimomo様
横浜市大倉山記念館と渋谷のライブハウスで行われたのですが、前者は西洋風の古めかしい建物で、とても味わいがありました。建物そものもが魅力的でしたので、パフォーマンスもその影響を受けたような気がします。
ライブハウスは、照明が結構サイケデリック調なところもあり、それもまた好かったと思います。
by アヨアン・イゴカー (2010-10-31 14:48) 

youzi

ジャガイモ、とてもリアルですね。
そうそう、こんな感じで凹んだところがあるので、
皮をむくのが大変なんですよね。
by youzi (2010-11-02 12:32) 

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