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雄鶏がやってきた日 [短編小説]

November 16, 2007 23:52:08
雄鶏がやってきた日テーマ:短編小説

 

  朝起きてガラス戸を開けると、いきなり逃げ込むように何か白い生き物が飛び込んできた。それは白色レグホンの雄鶏だった。あの垂れた鶏冠をした奴だ。
 当時、まだ一人暮らしだった私は、まだ寝巻きのままだった。今だったら普段着に着替えてから戸を開けたところだが。呆れてこいつに言った。「おいおい。失礼なやつだ。人の家に土足ではいる奴があるか。」するとこのレグホンは言った。「俺は今逃亡中の身なのだ。追われている。」
「追われている!?鶏肉屋からか?」
「こけっ!馬鹿め。そんな水準の存在では、俺は、ないのだ。コケッ!」と肩で息をしながらレグホンは言う。
「ほう。お前さんは、じゃぁ、革命の志士か、それともテロリストの一味か?それとも・・」
「聞いて驚くない、コケッ。」と一息ついてから「俺は、実は、鶏王国の王子なのだ。」
「鶏王国?ほほう。聞いたこともないがね。」
「自分の無知を棚に上げて、偉そうな口を利くな!」
「確かに。」私は自分の無知を認めざるをえなかった。確かに鶏王国などと言う国の存在を聞いたことがなかったし、新聞で読んだことも、テレビのニュースでみた事も、インターネットでも見た記憶がなかった。
「良いかね。俺は、鶏王国の王子だ。それだけで十分だ。必要十分条件だろう。腹が減って死にそうなんだ。食事を用意しろ!」
「しかし、王子様。我が家は人間の家で、鶏王国の食事は準備しておりませんが。」
「馬鹿者。米粒だって、パンくずだって、穀物ならなんだっていいんだ。鶏が何を食べるか、それくらい小学校で習ったんじゃないのか?」と偉そうにふんぞり返って言う。あの頭の悪そうな目で、そう言われると、言うことを聞いてやろうという気になるのが不思議だ。何がそう思わしめるのか、私は、考えながら台所へ行く。一人暮らしだから、自炊である。料理位は何でもできるさ。私は茶碗に飯をよそい、王子様を食卓へお招きする。
「馬鹿!床に撒け、床に。」
「はい。撒けば宜しいでしょうか。はい。」米粒がべとつくのがいやなのだが、そもそもこの人間の言葉をしゃべる奇妙な鶏王子に興味を抱いた私は、炊いた米をばら撒いた。
 王子は嬉しそうにこっこっこっ・・・と言いながら床の米粒を啄ばんでいる。その必死に食べる姿が愛しくなってきて、つい後ろから撫でると、きっと振り向いて
「無礼者!余に何をする!」
「すみません。つい、余りに項が可愛かったので、撫でたくなりました。」
「皆、そのように申すのじゃ。」いつの間にか、この鶏王子は爺臭いしゃべり方をしていた。
「あっ、爺臭いしゃべり方。ひょっとして、王子様ではなくて、王様でしょうか?」
「まぁな、わしも団塊の世代でな。昔王子様じゃった。」そう言った後、王様は脱糞した。なにしろ、鳥類はこうやって身軽に動くように身体が作られているのだから仕方がない。
「あのう、王様。申し訳ございませんが、下の方は、外でお願いします。」
 この依頼には、レグホンもにやりと笑って「許せ。 余は我慢ができぬのじゃぁ。」と言う。

 この日以来、我が家には玄関の軒下に住んでいるヤモリと、ガラス窓にへばりつくアマガエルに、この白色レグホンが住人として加わった。ヤモリや蛙に比べて、なんと賑やかな住人だったろう。朝になると、頼みもしないのに、大声で朝を告げてくれるのだ。しかも、最近は、なかなか街の明かりが消えないので、朝が何時かわからず、山勘を働かして鳴くので、当然それが外れまくり、いやはや、近所迷惑も甚だしい。隣のうるさい小母さんが「あんたのうちに、鶏飼っていない?」と嫌らしい目をして、舐めるように、清潔極まりない我が家の中を覗くので、私は「いえ、なに、最近、江戸家犬八のテープを聞いて、声帯模写の練習してんのよ。コケコッコー、ぱたぱたぱた、っぽん!!・・・なんちゃってね。へへへへ・・」と照れ笑い。
出目金のような目をした小さな小母さんは、胡散臭そうな顔で、
「近所迷惑だよ。声帯模写ってぇのは。あんまり夜遅くやったり、早朝にやらないで下さい。安眠妨害ですからね。」
「気をつけます。でもさぁ、空軍の夜間演習よりはましでしょう。あれは、低音の轟音で、それこそ大地を揺さぶりますからねぇ。」
「そりゃぁそうさ。・・・・・・でもね、気をつけて下さいよ。騒音が元で殺人事件も発生している世の中なんですから。」と既に鋭い眼光で、私を突き殺していた。小母さんは、言いたいことをとりあえず言ったので、清々した気分になったのか、大きな尻を振り回しながら戻っていった。やれやれ。

かくして、我が家には鶏王国が誕生し、私はその臣下となり、団塊世代の鶏王子のお世話をすることに相成ったと言うお話でございました。

(次回はもっとまともなお話を書きます、多分。)


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